ひとつのエゴというものは存在しません。

 

バーソロミューの旅日記(下) 〜インド編〜より カルバの四日目より抜粋P193

 

「・・・エゴも僕の一部なんですか。それとも僕とは別のものですか」と彼は尋ねた。

バーソロミューは後ろに寄りかかって楽な姿勢を取ると、「とっても良い質問ですね。それにはいくつもの答えが考えられます」と言った。「ここではわたしたちの定義を述べるだけにします。エゴとは想念の集合体で、過去の記憶を現在に持ち込む時に生じるものです。過去からとぎれなくつづくひとつのエゴというものは存在しません。けれどもあなた方はまるでそうしたものが存在するかのような生き方をしています。エゴは生まれたり消えたり、たえまなく変化しています。あなた方はこのたえず変化するエゴが自分の人生を支配していると思っていますね。まったくナンセンスですよ。人は休むことなく〈自分〉というアイデンティティを創造しつづけていますが、それは、何か考える対象となるもの、いじくることができるもの〈本当の自分〉とよべるものがほしいからです。ひとは今この瞬間にありのままにいることよりもその方を好みます。・・・

 

 

*先生はいません、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

6月17日(土) 14時頃から16時頃まで

 

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

空のお茶会、気持ちいい〜といいなぁ♪

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空 の お 茶 会 。

 

この名前、気に入っているのです。

 

プ ロ ト マ ニ ア 。

 

もすごく気に入っていますけど。

 

空のお茶会は、先生がいない、ってとこもね。

誰かに導いてもらうことは大切。ひとりでは気づけないことを人と関わることで知り、謙虚になり、自身が確かめていく時。
自分の場合は、伊東先生のところに通ったからこそ、「真理の探究」の方向が明確になって迷子にならずに済んでいますし、たくさんの実践のヒントや様々な角度からの見方、そして丁寧で根気づよい先生に触れていること、それはすごく幸運だと思っています。

 

空のお茶会は一人の先生がいないのです、だから、誰も教えてくれないの。
いや誰かいないと〜、というならバーソロミューがいます(笑)。

ここは、さらに知識を得たり、さらなるコツをつかもう!という感じではなく、参加する人がそれまでその人それなりに考えたり、出会ったり、信じたり、求めて来たことを、他の人も先生も関係なく、一度あらためて静かに繊細に感じてみる、というのはどうかな。

呼吸に習って、

吸ったら、一度留めて、それから吐くように、

いったんグッと留める会(アハハ)。

 

この世界の真理、自己の本質は、触れることも見ることも感じることもできないそれだ、と言われています。そしてあなたは既にそれ。

求めたり、つかんだり、正解不正解、それ?これ?と落ち着きなく気にするのはお休みにして、空のお茶会では、ただみんなとそれについて話したり、遠慮なく黙っていたりしつつ、風の吹くままエネルギーの向くまま、バーソロミューにお任せ。

 

とてもキモチヨサソウです。

 

 

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快晴の元旦、青空に。

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我が家は元旦が父の命日なんです。

命日がお正月だと、滅多なことでは忘れません。

 

もう一昔前ですが、40代初めの秋のある日、

急に父から膵臓がんで余命3ヶ月であると告げられ、

そのときから彼はたった2ヶ月足らずのうちに逝ってしまったのでした。

大雪の大晦日の夜中彼の側にいて、サラバの瞬間は翌日、元旦お午でした。

ちょうど今年のような、キラキラした光の快晴の元旦でした。

 

快晴で思い出したのは、そのあわわわわ〜っという時期に力になってくれたのが、

そ〜いえばそういえば(笑)、青空禅フォーラムの伊東先生なんです。

私の大の仲良しが先生の友人で、私には友人の友人だったせんせい。

『ドクターの伊東先生』という認識のないままただお知り合いでしたが、

あの時、代替医療のお医者である伊東先生からアドバイスして頂いたあれこれで、

父は痛みもないまま、本人的に「美学」を全うし、

この世界と見事なサヨナラをしたのでした。

 

先生は父の病状に望みが全くないことは分かっていたけれど、

本人が出来る限り楽にいられて、それを見守るしかない家族にできることを、

私の仲良しと共にサラッと提供してくださったのでした。

毎日が真剣勝負みたいに必死で濃密な短期間でした。

 

 

元旦の快晴の空と透明感でふと思い出して、あらためて、

あぁ、本当にあれはありがたかったなぁ、と思いました。

父はサルトルや西田幾多郎LOVEの怠けもの哲学者で、私の良き友でした。

自分なりの美学で終わりを迎えようとしていた父と過ごした、

生涯忘れられない、とてもとても凝縮された体験だったのでした。

 

…    サルトル?   西田幾多郎?

そうなんです、父は真理を求めて一生をかけていたのです…

という描写はカッコ良すぎ。

〜ウハハハハ〜    父も苦笑しているわ  〜

 

そんなドラマティックなお話はなく、因果はないまま、

なんだか知らないけど自分は伊東先生の元で真我に触れ、

こうして父もみんなも自分も全員が、どこかでいつか本質を求めちゃう、

求めていた、求めている、わけですね。

 

久しぶりに父を身近に感じてみると、

 

 

あ せ る な

 

 

ということばが聴こえました。

全てのことはメッセージ。

伊東先生から学んだこれまでが、ふわりとゆっくり花開く予感の新年です。

 

 

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*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰   

和サンガ   東京3期(6ヶ月コース)1月7日(土)スタート。

引き続き、募集中(応募締切りは1月末日)

詳細・お申し込みはこちらから→

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これでいいのだ〜♪

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ただ起こっている、ってことから離れてしまった時、

私はどこにあるか?の問いでも落ち着かない時、

ガシッと肩をつかんでぐるっと方向を元に戻すための自分ツールのひとつは、

いみじくも、過去のできごとや感情の記憶(笑)

 

闇鍋人生、けっこう痛い目にあって来た、と思い込んでいた。

でもそれがただ、自分が自分をいじめているんだなってことが見えた。

それでまた同じような匂いがして来た時には、

この世の終わりくらいにあんなに悲しかったこと、痛かったこと、

鼻の先が冷たくなるまでまじめに怒ったこと、罵詈雑言(笑)、

痛みも感情も温度も、

それら、軽〜く思ってみる。

 

ひどいねぇ、アイツ。

 

で、それは今ここにないもんね。

無くなっちゃってる。

笑えちゃうくらい、きれいさっぱり。

 

 

思考や感情や想念、記憶、ことばは概念だ、エネルギーだ、止まる実体なし。

理由もなく現れてはただ流れ去ることが、自分にとってぐぐっとリアルになる。

もちろん、切なさも、流れ去るわ。

毒をもって毒を制す的ややスレスレのツールかもしれない自分流。

 

そしてとどめに、

 

バカボンの歌、を口ずさむ。

 

これでいいのだ〜♪ これで〜いいのだ〜♪

 

ってね。

すると、笑ってる、軽くなっている。

それもこれもイイ、といえばイイんだもんね。

 

ただ起こっている。

 

それ、スゴ過ぎて、自分なんて瞬間パタリ。

 

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*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰   

和サンガ   東京3期(6ヶ月コース)募集中

(応募締切りは新年1月末日)

詳細・お申し込みはこちらから→

 

 

 

12月のプロトマニア

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12月がやって来ました。

慌てずにね。

 

12月のプロトマニアの最初は、

伊東充隆先生主宰の和サンガ  東京 、復習セミナーから始まります。

これは和サンガの参加メンバー対象なので公募しませんが、

こうしてコースを修了してからも、伊東先生のフォローは続きます。

このことに終わりはないのと同じように。

 

そして12月4日(日)14時〜16時は、

 

伊東充隆主宰『青空禅フォーラム』

 

今年最後の青空禅。

行ってみようかどうしようかと迷っていた方、

ふと、行っちゃおうと思った方、

あ、やるんだ!と、たった今気がついた方、

どなた様も、絶賛受付中です。

伊東先生の穏やかな、そして熱〜い青空禅です。

 

クリスマスの日、12月25日(日)13時〜15時30分は、

中尾陽一さんの、

 

『これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座』

 

〆のお題は「ヴェラスケスとスペイン美術その2」。

その1で、ヴェラスケスって人気があるんだということをあらためて知りました。

そして、みなさんいろいろな知識をお持ちでした。

でも、中尾流のすごさを見ました!

それは、あれこれの飛び交う知識をさらさらさら〜っと統合していって、

中尾さんがヴェラスケスの全体像をみごとに解釈したこと。

それには、ただの美術的知識を超えた厚みのある感性知性が光っておりました。

…というような場面にも遭遇しますが、

もちろん「美術はよくわからないんです〜」という方だって、

参加しても臆することない雰囲気と内容です。

どうぞ、年末の日曜日の午後、光と影のスペイン美術の魅力を味わってください。

中尾さんの、飄々と見せかけてバシッと決める絵画鑑賞入門講座です。

 

そんなわけで、12月のプロトマニアは本質に向かう2本柱で締めくくりです。

本質っていうのは、とてもあるがままで、とても広大無辺で、

難しいようでいて、あっさりシンプルで、

思わず人生賭けちゃいたくなるような思わせぶりだけど、

賭けてもよし、賭けなくてもよし。

 

良寛さんの、

 

うらを見せおもてを見せて散るもみぢ

 

のように、素直に素直に、あるがまま、あるがまま。

 

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明日は青空禅フォーラム〜♪

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明日はプロトマニアで青空禅フォーラムです。

東京の青空禅フォーラムは、相変わらずテーマとかレジュメとか、

さらにはタイトルなしの直球で、

 

「私とは何か?」

 

を毎回やっているのですが、

みなさん、本当によくぞ見つけて来て下さるなぁと感謝です。

伊東先生のお話や活動がいろんな経路で広がって、

ここに青空禅が毎回開催できるのですが、

先生の自己の本質に向かう惜しみない純粋なエネルギーにも、

みなさんの真摯な姿勢や学びへの情熱にも、

ときどき、しみじみと、ほぉ〜すばらしいなぁと感じます。

青空禅で知ったこと整理できたことをベースにして生活したり、仕事したり、

人間関係を結んだりして、人生が進んでいるひとたちが少しずつ増えて、

ずっといつもじゃなくても、ゆっくり繋がっていて、

久しぶり〜!と顔を見られたり声が聞けたりするのは、なんだか嬉しいものです。

 

バッチリ、ピターッと仲間だぜ〜! じゃぁないんだけど、

ほどよいゆるゆる〜な、行ったり来たりをゆらゆらと楽しむ、東京の青空禅です。

よろしかったら、一度遊びにきてみてくださいね。

 

 

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*本当の私はどこにあるのか? へまっすぐ向かう

→ 伊東充隆 主宰 青空禅フォーラム+東京和サンガ

ウンマニ・リザ・ハイドの本。

私はニサルガダッタ・マハラジが大好き(っていうのもおかしいけれど)で、

ハヌマーン(信愛と献身の猿の神様)のようなマハラジの言葉は、いつも一緒。

正直言うと、ラマナはあまりにも凄すぎちゃって文字通りことばがない。

ラマナから始めて、パパジ、ラメッシ、そしてひょんな時に、

マハラジを教えてもらった。

それ以来、マハラジは、先生(勝手に!)。

マハラジと質問者との対話は、なんとか理解できる(と言っても翻訳だけど)。

言葉に依存しないようにしているけれど、マハラジの言葉がずっと助けてくれた。

 

最近、何度目かの、クタクタヘトヘトです〜状態が続いていたのです。

グッタリ(内面の風景)土曜日、ふとあるお店の本のコーナーで手にしたのが、

 

『 DIE TO LOVE   愛のために死す 』 

 

うへっ! またまた愛かい?愛が好きね〜、と言われそうですが、

(愛って本質のことだよ)

ウンマニ・リザ・ハイド、というイギリス人ティーチャーの本でした。

探究を終わらせるための本。

読み進むと絶望的なのに、妙にホッとしていた。

 

彼女の雰囲気は、やや時代遅れのヒッピーの女の人的にゆる〜い感じなんですが、

綴られている言葉はぜい肉なしで、リアリティを感じながら読みました。

ネットで探してみたら、

ウンマニのメッセージは常にラディカルで、表現も直接的、しかも逃げ場を残さない手厳しいものです。が、半端で止めないということには、トニー・パーソンズに似た愛情も感じました。

と、ヒロさんのブログに書いてあるのを見つけました。

 

 

 

言葉で引っかかってしまって苦労するときもあれば、

ことばが手掛かりになって解けて行くコンガラガリもあって、

私にとってウンマニとの出会いは、

ウンザリ飽き飽きするほど聴いて来た言葉を追ううちに、

そのエネルギーみたいなものが知らぬ間に勝手に、

ズレたどうしようもなさを動かしてくれた、みたいな感じ。

 

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マハラジせんせい。