とっこさんの心身調和と空(ソラ)のお茶会。

 

大雪が過ぎたと思ったら、今日の東京は雪が降りそうな冷たい曇り空です。

 

いよいよ、楽しいこともそうでないことも(苦笑)いろいろと忙しくて寒い季節ですが、そんな時、心身は無意識に硬くなります。少しケアしてあげないといけません。

 

12月17日(日)の14時から開催する

 

「とっこさんの心身調和のための学び」

 

で、ご自身のからだとこころに、しばし目を向けてあげて下さい。

 

とっこさんの語り口はとてもリズミカルで、大切なことがポンと頭や胸に飛び込んできます。むずかしいことは一つもないので、普段、からだには無頓着(笑)な方にこそ来てほしい。心身のプロフェッショナルとっこさんに、あなた身体を客観的に見てアドバイスをもらうチャンス! 今こそ、いらしてください。お申し込みはこちらから→

 

 

そして、毎月開催している

 

「空のお茶会♪〜バーソロミューと共に」

 

は、16日(土)の14時からです。

日常で起こるいろいろなこと、つまらないこと、いやになっちゃうこと・・・そして、嬉しかったこと、気づいたこと、軽やかになったこと・・・いろいろおしゃべりしましょう。いわゆる非二元もよし、スピリチュアルもよし。まずは「私」と信じて来たことを疑ってみたり、その意識の位置を変えてみたり、ワークもしてみましょう。空のお茶会は先生がいないから、自分たちで工夫しながらね〜

 

さて、ところでソレが何になるか?  というと、実はそれはと〜っても役に立ちますよ! 私はそれを確信しています。だからこそ、ぜひ来てほしい「空のお茶会」です♪ 当日参加も大歓迎。お気軽に遊びにいらしてください。

 

来てね〜(オマケ)

 

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ホーリー、聖なるユーモリストたち。

 

「ま〜た先生同じこと言ってるわ〜、そんなのもう知ってるわよっ・・・なんて言わないで下さいよ〜 よく聴いてよ、ココ!大事なんだからねっ」

 

と伊東先生は言った。そして、みんな思わずワハハと笑った。

 

 

これ、このあいだの青空禅塾の中の1シーンです。

 

伊東先生の講義、お話は、量子物理のエッセンス、科学の法則やしくみのこと、禅のことば、心理学から哲学まで、さまざまな世界からの知識やエピソードが飛び出します。

 

人によってそれぞれ得手不得手があるから、あるお話が面白いこともあれば、なんだかよく分からない時もある。同じことがくり返し伝えられるから、もうわかってる、知ってる、とつい思ってしまって、先生の声は聞こえているけど、聴いていないことも多々ある。

 

先生は、そんな私たち参加者の傾向をよくよく知っているし、見抜いていて、ある時は先ほどのようにユーモアたっぷりで口まねしながらツッコミを入れてみたり、ある時は発言者の言葉を深追いしたり無理強いせずに、へぇ〜と身を乗り出して耳を傾けたり、目をつむってしばらく黙っています。それぞれにベストなタイミングでベストなことが起こっている、と知っているから、遠くから見ている感じ。

 

 

クリスマスが近づくと、”聖なるかな聖なるかな〜” なムードが街にも満ちて、ワクワクドキドキしますね。このキリスト意識、非二元、自己の本質とか禅の仏性というものは、聖なることばやイメージで語られ、綴られるけれど、私は最近思うんです。

 

真に自己の本質を信頼した人たちの言葉や佇まいは、イメージや概念を超えた親しみや思慮深さがあって、ユーモアがあって軽やかで自然で温かいんじゃないかなぁって。それをホーリーというのかもねって思います。聖なるものは厳かというのもイメージで。マハラジせんせいもバーソロミューもタクさんも、そして我らが伊東先生も温かい。

伊東先生が、フォーマルじゃなくてカジュアルなんですよ、って言ってたのもそんな感じかなぁ。あ、それもまた、私のイメージに過ぎませんけれど。在るのはただ、

 

廓然無聖。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空禅塾12月!聖も俗もなし、廓然無聖〜伊東充隆先生と地道にコツコツ。

 

12月の青空禅塾は、遠方から初めて参加して下さった方や東京の和サンガメンバーが集まりました。伊東先生のお話、12月は壮大なシンフォニーを聴いているようでした。

 

基本の「青空(意識・自己の本質)と雲(心身)」から始まり、肉体の私たちにとって整理しやすい心理学的なお話へと大きく拡がりました。そのことは、いきなり「非二元だから私はいない!」なんて唱えるよりもずっと正直でいられて、ずっと役に立つツールでした。

 

さらに、自分が何にとらわれやすいか?など、自分を知ること(自己知)に使える法則に触れながらも、その法則の表面的なオモシロさに私たち気を取られないように、先生は抜かり無く地に足をつけるような重石のアドバイスを忘れません。

 

疑いもせず思い込んでいる「私」への錯覚、分離のカーテンに気づくように、現実の私たちが日常でどんなことができるか?について、具体的なワークやアドバイスを丁寧にひとつひとつ伝えては、一番大切な「青空(意識)の位置」を確認することへと何度も何度も促します。

 

青空禅 塾 伊東充隆

 

主題の旋律が何度もくり返されて、広く深く大きく拡がっては最後に美しく1点に収束する、そんなイメージでした。

 

先生の道案内は、私たちが陥りがちな「まだまだ私はダメだ」にとても優しい。「1割でいいんです。コツコツ地道にやるとそのことは必ず、ふとそうなる時が誰にでも来る。えこひいきも特別もありません。少しずつ実が熟するから心配しなくてもいい。ニサルガダッタ・マハラジという覚者も、それと気づかぬうちに変わっていることの方が信頼が持てる、ただそのことに確信をもたなければなりません、と言っていますよ。」「悟りも迷いも、ただの概念。そんなの気にしない気にしない!」

 

 

おやつタイムの休憩をはさんで、後半は全員が今のその位置から何かしらお話をしました。その人の思い、気づき、先生との対話はとてもすばらしくて、12月クリスマスの早めの贈りもののような、穏やかで慈愛に満ちた青空禅塾でした。

 

 

 

 

 

この道は深刻になることはない。聖なるイメージにつなげると罠にはまります。

 

聖なるものに結びつけた途端、二極になるからこそ気をつけてくださいね。

 

ボーディー達磨も言っています。廓然無聖、です。

 

正装してフォーマルを纏う道ではなく、軽やかでカジュアルに進んでください。

 

(2017年12月3日 青空禅塾にて、伊東充隆先生より)

 

 

 

*伊東先生のインタヴュー記事掲載予定。

Star People  65号 12月15日発売

「聴く ということ」非二元難民から救われるためには

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第6回 青空禅塾

2018年1月7日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

伊東充隆先生の12月青空禅塾は、まもなく。

 

 

毎月プロトマニアの始まりは、伊東先生の青空禅塾。明後日、日曜午後開催です。

 

青空禅塾には、自己の本質を知りたい、触れたい人たちが集まります。この「自己の本質」は、悟り、仏性、キリスト意識、非二元などとも言われて、禅やインド哲学などで語り継がれて来たこと。そしてこの数年は、非二元という言葉でネット上でも多く語られ、それに関する本や講座も増えました。動画サイトなどで海外の情報に気軽に触れることができます。

 

そんな中、伊東先生の青空禅塾は何が他とは違うのか?

 

それは、知識・情報を知ったその先への道案内であることです。

 

伊東先生は、知識で満足して留まらないようにその先の実感の入口へと様々なアイディアを提案しながら参加者を促します。先生自身が探究の途上で創意工夫してきたことを使って、具体的にアドバイスしてくれます。

 

知識として自己の本質を理解することはできるし、そのための場も多くあるでしょう。それはそれで、大切な場。

 

けれどそれを頭で理解しても何か落ち着かない、知った先にどうすればいいの? そんな時には、伊東先生の道案内はとても誠実です。

 

 

例えば、現状が苦しい、どうにかしたい、何か救いが欲しい、というところからこのことに出会い探究をスタートする人は多いのです。そしてある程度、思考を使って学ぶとそのことを知っても何も変わらないという情報に出会います。

 

何も変わらないなら学んでも助けにならないし、続ける価値があるのか??と思いますよね。そんな時伊東先生は、そこでその人がうっかりガッカリして諦めてしまわないように、「変わらないこと」の真意まで辿り着くように、その場を逃さず丁寧に根気強く対話します。

 

そこで座学は、静かな深い頷きのような、いわゆる腑に落ちる感覚というか、実感へと進むわけ。そして、その対話をはたで聴きながらこの瞬間の自身を確かめることも、とても貴重で有効だと思います。

 

 

ぜひ一度、ご参加下さい。

 

 

 

*伊東先生のインタヴュー記事掲載予定。

Star People  65号 12月15日発売

「聴く ということ」非二元難民から救われるためには

 

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾

12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

正解に値段はつかない!

 

正解に値段は着かない!

 

とラジオから聞こえてきました。

内容的にはエリートビジネスマンが今やMBAを取ることよりも、アートスクールに行って美意識、感性を磨いている、というお話。

 

それはね、まさに中尾陽一先生の『これまで誰も教えてくれなかった絵画鑑賞乳木講座』でやっていることであり、伊東充隆先生の『青空禅フォーラム』『和サンガ』『青空禅塾』で教わって来たことに通じていました。

 

当り前を疑え!!

 

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾

12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

 

*美術のことを知っていても知らなくても、ただ楽しもう!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第44回 ダ・ヴィンチ &クリスマス・スペシャル★

12月24日(日)13時から15時30分

お申し込みは中尾流と書き添えて、こちらからどうぞ→

 

真の友情。

 

 

二人の人間がおたがいの本質を見ようと

 

たえず努力することは、

 

真の友情のあかしです。

 

 

 

『バーソロミュー3 大いなる叡智が語る平和への祈り』第4部帰還 P237より抜粋

バーソロミュー/ヒューイ陽子 訳  マホロバアート発行

 

 

 

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾

12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

ピンとくる言葉に置き換える。

 

何かを知りたいと思って学んだり、聞いたり、読んだりしていると、繰り返し出て来る大切なポイントになる言葉があるでしょ?

 

その言葉がそのまま自分にピッタリな感じがしたら、そこでその言葉は生きるけれど、一般論で語られ使われる言葉ではなんだかピンとこないとすると、それは何度読んでも聞いてもピンと来なくて、言葉が差し示すことがちっとも明らかにならないんですね。なんとなくそのつもりにはなれたとしても。

 

自分にフィットする言葉に置き換えてそれを確かめないと、言葉はシーンと静まり返って全然動いてくれないんだなぁって、やっとわかりました。

 

一旦、言葉が生き始めたら、その言葉はぐんぐん勢い良く拡がって、それまで覆いかぶさっていた幕が次々に上がって、うわ〜〜〜こんなことだったのかぁ!とシーンをハッキリと見破ることができる。

 

これ、シンプルではじめの一歩みたいなことなんだけれども、うっかり見逃していたなぁ。でも、やっと気づいてよかった〜

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾

12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→
 

 

神秘的なことがもっとも実際的である

 

今日、脳認知科学者の方とお話しすることがたまたまあって、とってもワクワクしました。頭の中は、青空禅で伊東先生から聞いたことにドンドン繋がった。

 

 

分からないということが論理的に明らかになった

 

 

「分からないこと」が論理的に分かるようになる・・・一瞬、へっ??と思うけど、そういうことが起きているんだって。

 

偶然、そこに私が居合わせたがためにお話できた脳科学、認知科学のトップランナーというこの方は「自己なんてない」と断言されて、まさに青空禅塾的で白熱しておりました。

 

ホントにホントにこのことは、フツウのことなんだ。

 

もう神秘的な言葉なんて、い〜らない♪

 

 

 

 

質問者

つまり、私は活動的な人生という考えをすべて捨て去らねばならないということでしょうか?

 

マハラジ

まったくそうではない。そこには結婚が、子供が、そして家族を維持するために収入を稼ぐことがあるだろう。全ては出来事の自然な流れに沿って起こるだろう。運命はそれ自身を満たしていかなければならないからだ。あなたはやってくる大小含めた仕事を注意深く周到にこなし、抵抗なく通り抜けていくことだろう。だが全体的な姿勢は愛情深い冷静さ、かぎりない善意、見返りを期待せず、求めることなく、絶え間なく与えつづけていくことだ。結婚においては、あなたは夫ではなく、妻でもない。あなたはその二つの間の愛なのだ。あなたはすべてに秩序と幸福をもたらす明晰性と優しさだ。それはあなたにとって、つかみどころのないものに見えるかもしれない。しかし少し考えてみれば、神秘的なことがもっとも実際的であることを知るだろう。なぜなら、それはあなたの人生を創造的で幸福にするからだ。あなたの意識はより高い次元に上昇し、そこからは、すべてがより明瞭でより強烈に見える。誕生時に個人となり、死において存在を終えるその人はつかの間の偽物だとあなたは悟るのだ。あなたは欲望と恐れに捉えられた感覚的、感情的、知的個人ではない。あなたの真の存在を見いだしなさい。私とは何なのか?これがすべての探究の根本的な質問だ。そのなかへ深く入っていきなさい。

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾

12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→
 

ここにも、バカボンのパパ・ポイント

 

穏やかっていうのはいいなぁと思うし好きな感覚なので、穏やかなのがいいねぇと言ってみたりしますが、本当はそれも「穏やか」にこだわっちゃっているということなんですね。

 

趣味嗜好みたいなもので、傾向とかクセがあって、ある状態にふと魅かれてしまう・・・。こんな感覚がお好みなのね〜、心地よいのね〜。

 

本当はどっちでもいいくらいのことなのに、誰かから言われたことや形容されたことばが頭に残って、しばらくそれが頭の中をグルグルすることもあります。

 

陶芸家の方とお話していたら、その人は非二元だの悟りだの一言も言わないし、いわゆる禅の勉強も瞑想も修行もしていないけれど、話す内容がまったく自己の本質のようなことで在り方で、内心目を丸くしながら、ニヤニヤして聞いていました。

 

「作品については、色んな人が勝手なことを言うもの。いい作品だねという人がいれば、これはここがマズいという人もいるけれど、それはただベクトルがあっちとこっっちに向いているだけ。で、良いも悪いも評価はどっちでもよくて、その時はただ、その人がどこのことを言っているかだけを聞いているよ〜」

 

ね、伊東先生の「バカボンのパパ・ポイント」でしょ♪

 

 

*「自己の本質」とは・・・ 気づきの注意は、根源に向ける。

伊東充隆 主宰  第5回 青空禅塾
 
12月3日(日) 13時から17時まで
 
お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→
 

見えなくても見えるもの。

 

 

何を感じるか、考えているかを、言葉で表現することって、大切だと思います。

 

でも、誰かと話していたり、誰かが書いたものを読んでいて、この人の表現や文章は好きだなぁとか、すっと入って来るなという時、それは言葉自体ではなくて、言葉のうしろにあるセンスみたいなもの(もしかするとエネルギー?)に魅かれたり、共振できるってことなのかもしれないなぁと思います。見えないけど見える。言葉のひとつひとつは、実はあまり重要ではないのかもしれませんね。

 

本質に関してお話するときも、カッコ良くとんがった険しいムードじゃなくて、キラッと明晰でありながらフワリとそこへ導くような、そんな表現が好きだなぁ。たとえ、厳しさがあっても、慈愛は伝わる。本当の優しさと厳しさは同時に存在して、ふたつでひとつ。