我唯足るを知る

FullSizeRender-224

 

我唯知足。

 

 

瞬間性の中で、理屈抜きでゴキゲンでいる、くつろいでいる、心地よい。

 

 

以上おわり!(笑)

 

 

 

 

 

広告

相応にやってくるもの

yoru

 

 

先日、友人たちとおしゃべりしていた時に聞いたおはなし。

 

ちょっとした高級ホテルや高級店では、まずお客様の腕時計をチラッと見て、その人を値踏みする!

 

ホントかな??

私の祖母は、「ホテルや旅館に行く時は、靴と外套だけはきちんとした質の良いものを」と言っていたから、

そういうこともあるのかしらん。

 

30代初めの頃フランスで、あるブランドの時計を買おうとして二つの時計を迷ったことがあります。

ひとつはボーイズサイズで小振りのシンプルなもの。

もう一つは女性用のエレガントなもの。こちらの方がちょっとお高い。

するとお店のムッシューが

「今のあなたはこちらの時計がよいでしょう。あちらはもっと大きくなって成熟した女性になった頃、似つかわしいですよ。」

とボーイズサイズを勧めてくれました。

私は見た目がボーイッシュで実年齢よりも子どもっぽかったせいもありますが、

その物の価値に相応な状態になっていないと、持っていてもチグハグでおかしいよ、と教わりました。

 

最近、ずっと以前に目の端っこでちらっとだけ見たものと、再会しました。

嗚呼、あの時のアレはコレだったのね!! と静かに驚きました。

そうだなぁ、あの時の自分は関心もなかったし、あっても理解できなかったし、猫に小判だっただろうなぁと思います。

今、この手元にやって来たことがふさわしい。

これもまた自ずから然り。

ちゃんとそれ相応の絶妙なタイミングで、必要なものはやって来るものなのですねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

一期一会

study

 

今日は暑かった。

相棒犬のハリーが生きていたら大変だっただろうな。

北海道生まれの毛むくじゃらくんには、こんなに暑い夏は 過酷過ぎだ。

 

今日は気功の宋海君先生の特別講座を聴きに行った。

広い会場いっぱいの参加者。

うわ!海君先生ってこんなにスゴい先生なのね … と 今更ながら再認識。

プロトマニアに来て下さっていることに感謝。

 

水道橋の会場近くで、金比羅神社発見。

古くて小さくておっとりした感じ。

都心にあって静かでゆったりしている。とてもいい雰囲気の神社でした。

 

夜のごはんは、鶏肉を塩こしょうして焼いてミョウガをのせてみた。

カリッと焼いた鶏肉とミョウガは、さっぱりしてなかなか美味しい。

関係ないけれど、みょうがを「冥加」にすると、

〜 気がつかないうちに授かっている神仏の加護、恩恵。または、思いがけない幸せ 〜

の意味だって。

 

今日の月は絵本の中のお月様のように月の周りがぼんやり黄色くなっている。

8月11日の満月は、地球と月が一番接近して大きく見えるそうだ。

吹く風がやさしい穏やかな夜。

虫の声は止まず、昼間の陽射しのキツさなんて知らんぷりのブルーの夜。

 

 

 

ただ幸せで

dal1264

 

この週末はプロトマニアのブログを整理して新しいスタイルに変更!、

8月からの予定を分かりやすく読みやすく変えて…とかとかとか、と思っていたのに、

土曜日の午後はどうにも眠くて眠くて怠くて怠くて、夕寝はするわ早寝はするわでパソコンを開けることすらできなかった。

今日は朝からたまっていた掃除を始めたら、あっという間に夕方になってしまいましたとさ。

こんなどうにも思うように進まないごく当たり前な一日も、なんだか幸せな気がする。

 

今これで充分

loveit

 

先週一週間、毎日が普段より仕事も人との時間も彩り豊かでした。

年度末にふさわしい総まとめみたいな(笑)、多忙で賑やかな印象でした。

 

そんな日々の後で、母を車に乗せて父のお墓参りに出かけ、

杖をついてゆっくりゆっくり歩く母とお天気のよい墓地の中を歩きました。

ふと見ると、ピンク色の椿が咲いていました。

この椿は、昨春、ちょうどこのブログを始める頃に写真に撮った種類。

あぁ、一年だなぁとあの頃を思い出します。

 

すべては過去の記憶なので、今ここには何もありません。

私には夫も子どももいないので、母には孫との関係も時間もあげられませんし、

どう見えているかわかりませんが、

持っているもの、して来たことは実にささやかです。

それでも、母と共に陽を浴びて花を美しいと思った時、

これで充分とふと感じ、何より穏やかでほっとしていました。

美しさはストレートに強く働きかけてきます。

 

ひとと比べず、その人はその人なりでよし、

信じるな、疑うな、確かめよ、とヨガの師に習いました。

望むものが手に入るまでは周りと比べて不足感や飢餓感に焦り、不安になり、

手に入ったら入ったで失うことを怖れるという終わりのない回路は、人間ならば誰にでもあります。

わかっていながら自らそこへ突入してしまうこともあります。

うまく行っているのに、「こんなにうまく行くはずはない」と慎重になって、

次の落ち込みを予想し引き寄せてしまうこともあります。

 

先ほど言った「今これで充分」とふとわき上がった気持ちを思うと、

実は、唯足るを知る、は、日常でしばしば無意識に「なっている状態」のことなのだろうと思います。

ただ、それをそれとしていちいち認識していないだけで、

さて見つけてみたら、私たちは既に「足るを知る瞬間」を重ねているのですね。

幸福というのは、本に書いてあったり誰かが言った光り輝く高揚感や至福感のような神秘的でドラマティックなものではなく、

日々を丁寧にただそのまま見てみると、誰もがもう充分を味わっている。

今ではないどこかを探すのではなく、今、ここに。

今更ながら、私はそんな風に思いました。

あなたは、どんな風に思われますか?

 

 

 

 

 

 

 

あるがまま

quiet morning

素直って、なかなか難しい。

気が付かないで持っている小さなつまらないプライドが、へへん!とけっこう格好つけていたりします。

自分のことをちゃんと扱われたい(承認欲?)、

相手の言うことを受け取る前に「 だって… 」という言葉が出る(支配欲?)、

きっとこのちっぽけなプライドがあるからじゃないかな。

ちっぽけなプライドの正体は、小さな私が怯えている姿。

素直になれた時は、ひろびろとしてとても気分良く寛いでいるのに。

 

相手と違っていても、その違うところをリスペクトすれば怖くない。

同じところがあったら、そうそう!と共にそれを喜べばよい。

素直っていうのは、やって来たものに抵抗しないっていうことかもしれない。

 

今朝は、いつもと変わらないキッチンの当たり前の風景を見て、

当たり前のことになぜかとても感謝したくなりました。

 

 

吾唯足知

vegi

The Essence of  Skillfulness is this:

 

Whatever comes let it come,

what stays let stay, what goes let go,

always Keep Quiet, and always adore Self.

This is the essence of living skillfully

in the world appearance.

 

During all activities of life

always know that you are the Self.

The way to live a happy beautiful life

is to accept whatever comes

and not care about what does not come.

 

SRI H. W. L. POONJA

 

Dive into your Heart

houses

なんだ、そういうことだったのか。

今日の長い雷が回路を繋げたのか。

 

自分自身に対する最良の贈り物は、

人生はこれ以上に良くはならないという事実を受け入れることです。

今日こそがその日なのです。

ただ、今ここを生きる、

たったひとつの神秘とはそのことです。

(バーソロミューより)

 

simplify

beforerain

記憶という機能がなかったら、

いつもそこだけで完結しているのだろうなと思います。

そしたらそれ以上でもそれ以下でもないから、吾唯知足。

 

年を取ることは、ひとつずつ機能を失って出来ていたことが出来なくなることでもあるけれど、

本当にシンプルになっていくということでもある。

生まれたばかりの頃の、世界と私がひとつだったところへ戻って行くようなものかもしれませんね。

 

着飾ることは高揚するし楽しいけれど、

飽きちゃうとシンプルで清潔な装いが一番心地よく美しいと思うようになりますよね。

人間はちょっと知恵をつけてしまったからいろいろ道草をくっているのでしょう。

道草って楽しいものね。

それもまた楽しまないと。