そらのお茶会のミッションはひたすら、リラックス。

 

10月の空のお茶会は、男女混合チーム。お茶とオヤツとおしゃべりをバーソロミューと一緒にのんびり楽しみました。

 

このところバーソロミューの朗読は、事前に文を抜粋せず、おみくじバーソロミュー。初参加の方にパッと本を開いていただいたところから読む。意図の入る余地がない出発。無防備で始めています♪

 

瞑想とか、ただ座るとか、呼吸とか、いろいろ言われるけど、それはひたすらリラックスのためだと思います。身体もゆるめ、頭の中のおしゃべりもゆるめ、ぼよよ〜んとすることを促します。瞑想法とか座り方、呼吸法のお約束は、身体と頭に「よろしい、ボヨヨンを許可します!」と宣言しているようなものでしょ。そこで眩い光が見えてもいいし、身体が無くなって目玉だけになっちゃてもいいし、溶け去ってもオッケーです。でもそれをつかまない方がいい。それと本質は無関係だから。

 

 

何しろ、リラックスが大事なんだってコト、それが10月のお茶会ではよ〜くわかりましたよ〜

 

 

これまで何年にもわたって、「座って心を静めよ」と言って来ました。肉体や精神や感情が生み出す雑音を消したときに、もうひとつの創造的なエネルギー、つまり純粋な覚醒の存在に気づくことができます。それはあらゆる瞬間にあなたとともにあり、細胞や頭のなか、そして感情のなかに存在します。それがなかったならば、何も存在できません。

私があなた方に使うようにと勧めているのは、このちがう種類のエネルギーなのです。そのなかに入ると、ただちに純粋な覚醒を感じはじめます。そこには思考も識別も形もありません。このエネルギーの場は、愛や健康に関する〈 新しい 〉感覚を人びとにもたらすでしょう。

どうすればこのエネルギーの場に入れるでしょうか。

心を静め、純粋な覚醒のなかに入り、それを感じることです。このことを一時間に何回となく、できるだけ多く実行します。心を静め、入り、感じる、です。

 

このエネルギーの場に入ることを、自分の人生における最も重要なことだと思って生きると、いわゆる静かで小さな神の声が聞こえるようになります。それが静かな声であることは疑問の余地がありません。それが小さな声に思える理由は、人はいつも肉体や心や思考の声に耳を傾けているからです。けれども静かで小さな声はいつも存在しています。それに達する方法は、心を静めて、このエネルギーの場に入ることを日常的に実行することです。

やり方がまちがっているのではないかなどと心配しないでください。とにかく実践することです。そしてその過程で、瞬間的な創造が可能になります。

 

『バーソロミュー3 大いなる叡智が語る平和への祈り』第四部 帰還 波と虚空 P199〜200より抜粋

 

 

・・・ね。

 

それは思っているよりもずっとずっと、静かで小さな声。あ〜でもないこ〜でもないと雑音があると、気づけない。

 

言葉や表現にとらわれないでくださいよ〜。バーソロミューの言葉そのものではなく、それが差し示す方向へ、です。

これか〜!とガッテンしたら、おそらくまずそれじゃないから(笑)、ハイまた戻って戻って。一緒に静かにしましょ。

 

空のお茶会はひたすら、リラックスのために。

 

 

季節の和菓子でお抹茶ごっこしました。

 

南から飛んで来てくれた、しあわせはこぶとりサブレ。

 

 

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

11月12日(日) 14時頃から16時頃まで

 

参加費は2000円(お茶とおやつ付き) 当日参加も大歓迎〜♪

 

 

 

空のお茶会の生まれ故郷はこちら。

*「私」の位置はどこ?  「自己の本質」とは在ることそのもの・・・

 

伊東充隆 主宰  第4回 青空禅塾

 

11月5日(日) 13時から17時まで

お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

 

広告

そらのお茶会は明日、日曜日にやりますよ〜

 

そういえば多くの人がそうであるように、私にも、何かの役に立たたなきゃ、立ちたい、立つべき・・・という気持ちがいつもどこかにありました。一所懸命で。

 

でも今はあまりそういうことを目指したり、何かする時の意義にして仕事をしていません。その方が逆に、結果として、ささやかに役に立つことがあるみたい。

 

ただ、今はそんな風に呑気に言うけど、何かに夢中になって意味を見つけて突き進んでみることは、とてもだいじなことだと思います。突き進むあまり、調子に乗ったり、恥をかいたり、孤独になったりしてもね。そしてそのうち、

 

 

心配しなくても、ちゃーんと時機に「起こること」が起こる。

 

 

どちらを選ぶか迷った時に、どちらを選んでも「間違い」はない。

 

 

・・・ということに、頷くかもしれません。

 

結果が上等ならもちろん、わぁよかった〜♪だし、ガッカリなら、悲し〜ポロリ。これは相変わらず。出来事や感情は何も変わらなくある時はあるのです。そして、あぁ本当に何も変わらないんだなぁと、少ししんみり思うかもしれません。でもそれは、何一つ変える必要がない、ということでもあります。悲しみも寂しさもあってよいのです。

そして気がつくと、これでよいのだと、ちょこっと、静かに寛いでいられるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

10月15日(日) 14時頃から16時頃まで

 

参加費は2000円(お茶とおやつ付き) 当日参加も大歓迎〜♪

 

 

 

空のお茶会の生まれ故郷はこちら。

*「私」の位置はどこ?  「自己の本質」とは在ることそのもの・・・

 

伊東充隆 主宰  第4回 青空禅塾

 

11月5日(日) 13時から17時まで

お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

 

 

わざとゆっくり。

 

ビックリすることが起きた時、

 

何の準備もできていないのに容赦なくやって来た時、

 

そんな時は、わざと動作をゆっくりにしてみる。

 

・・・かなりゆっくりと。

 

 

そうすると、ひっくり返りそうな気持ち、エネルギーが少しずつ静かになる。

 

 

 

ひっくり返りそうな時こそ、ゆっくりゆ〜っくり。

 

 

 

 

 

 

 

香り。

 

 

キンモクセイは今が盛りのようで。

 

朝のお散歩の時に深呼吸すると、どこを歩いていても、どこからともなく金木犀の香りがします。

 

 

香りは、一瞬にして記憶の中からある風景を甦らせますね。

 

 

はぁ、いい香り。

 

 

 

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

10月15日(日) 14時頃から16時頃まで

 

参加費は2000円(お茶とおやつ付き) 当日参加も大歓迎〜♪

 

 

*美術のことを知っていても知らなくても、ただ楽しもう!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

 

第42回 20世紀最大の巨匠 ピカソ  2

10月22日(日)13時から15時30分

 

お申し込みは中尾流と書き添えて、こちらからどうぞ→

 

*「私」の位置はどこ?  「自己の本質」とは在ることそのもの・・・

 

伊東充隆 主宰  第4回 青空禅塾

 

11月5日(日) 13時から17時まで

お申し込みは青空禅塾と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

 

 

母という役。

 

笑顔を見せながら、娘に会えないドラマをわざと面白おかしく話していたけれど、

 

 

「お母さんには、二度と会いたくないって言われたんです」

 

・・・・・

 

と言った途端、彼女の目が涙でいっぱいになって、ぽろぽろぽろぽろ。私も泣きそうになりながら背中をさすって、大丈夫、大丈夫としか言えませんでした。どこが大丈夫なんだ??って内心自分にツッコミながらオロオロと。

 

 

でも、いつも思います。お母さんになった人の素晴らしさ、凄さは、何にも負けない。どんなに仕事ができるよりも、人気者であるよりも、全く異質なテーブル上で理屈抜きに「母」はナンバーワンです。

 

 

母である友人たちの苦労は、残念ながら私には想像することしかできないけれど、父親っ子の自分と母との体験で、良いも悪いも超えた母親という存在の理屈の通らない(笑)凄みを実感しています。

 

それを娘が感じて「母」に感謝するのは、どのタイミングなのかは誰にもわからないけど、でも「お母さん」ってすごいなぁっていつも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

女心と秋の空。

 

朝晩、ずいぶん冷えますね。

 

昨夜はお月様、迫力ありました〜中秋の名月。

 

 

秋は、空好きにはたまらない季節。

 

触り心地良さそう。

 

 

 

ふわふわ。

 

 

 

女心と秋の空。

 

 

9月中尾流は巨匠、ピカソ。

 

9月の『これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座』は、20世紀最大の巨匠、ピカソ〜〜〜。

 

ピカソというと?

「なんだかわからない絵を言う時、ピカソみたいな絵〜って言います」

「自由奔放でエゴイスティック」

「カラフル」

「ボーダーシャツのおじさん」

「他にはない、唯一無二」

 

・・・・などなど、いろいろなイメージが参加者から出ました。

 

天才ピカソは、子どもの頃にこんな絵を描きました。

 

 

これ、8歳の時のデッサンです。小学生の子どもが描いた絵です。ビックリしますよね。ひっくり返りそうに巧いです。

 

・・・というところから始まり、ピカソは時代ごとに様々なスタイルで描いていて、なんでもできてこなせちゃう天才ブリ。

 

絵の原点である写実がこれだけ巧く描けてしまうピカソは、その写実から対象を解体し、抽象化していくのですが、

 

「ピカソはカタチを崩しに崩しても、何が描かれているかがわかるところが、スゴい。」と中尾先生。

 

そして、

 

アヴィニョンの娘たち  1907年

 

この絵からキュヴィズムが発展したと言われる作品。絵を見る時、私たちはその絵の何かに感情移入して見ています。見る者の感情を動かすのも芸術のちからです。が、ピカソの絵は感情移入しにくい。

 

「この絵はどうでしょうか?」と先生。

 

「感情を入れずに見ればデザイン的にはいい」

 

「でも、なんだかよくわからない」

 

そうですね〜。そして、「ピカソは苦手です」という参加者の方が「ピカソ大好きのお友だちにどこが良いのかをインタビューしてきました」と、お友だちのピカソ礼賛の理由を披露して下さいました。

ピカソはどんなテーマでも素晴らしい、なぜならば、

 

デザイン、構図、色、バランスとも良く、思わず見入ってしまう。想像力をかき立てられる、見ていると心地よくなる。ゆえに美しい。

 

と。ふぅむ、なるほど・・・。自分は好きじゃない、以上おしまい、ではなく、では好きな人はなぜ好きなの?と問う方向が素晴らしいですね。その点からもう一度作品を見て行くと、なるほどと頷く点が見つかって行きました。

 

そして、ピカソをめぐる女性達のことにも触れると、「ピカソは女の敵!」なんてお話にもなりましたよ(笑) そしてさらにピカソは10月へと続く・・・

 

私はいつも後方で講義を聴いているのですが、今回は本当に皆さんの意見がそれぞれに素晴らしくて、引き込まれてしまいました。文字や説明のない芸術作品から何かを感じること、その感じたことを言葉にして自由に発していく、そこに余計なものがないんです。

先生も参加者も、その場で出てきた感想や意見を真っ新にキャッチして、それについてまた考える。

中尾先生も皆さんも、な〜んて柔軟ですばらしいんだろうと感じました。

先入観や情報のフィルターが一休みして、知識と感性をただ両手に持ってリラックスして美術を楽しんでいるの図、でした。

 

実は、ピカソの前に日本の洋画家、青木繁の作品についてもいろいろ話し合ったんです。前半がそれで終わっちゃうくらい白熱(♪)

青木繁 「海の幸」1904年(22歳)

 

朝日 1910年

ピカソとは違いますが、天才と称されながら中央画壇には認められず、不遇のうちに世を去った明治の画家青木繁です。この二つの作品について、皆さんがいろいろな角度から作品を味わっていらっしゃって、中尾先生もちょっと感動していたみたい。

・・・と白熱教室のお話はまだまだ尽きないのですが、今回はこの辺で。

 

とにかく皆さんの変化楽しく、素敵な、中尾流です。美術と仲良しになるのには、ピッタリなリラックスした美術鑑賞入門講座、ぜひ10月はご一緒しましょう。

参加者の方からオヤツの差し入れは、ギリシャからのお土産、いちじくのお菓子。

 

 

 

*美術のことを知っていても知らなくても、ただ楽しもう!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

 

第42回 20世紀最大の巨匠 ピカソ  2

10月22日(日)13時から15時30分

 

お申し込みは中尾流と書き添えて、こちらからどうぞ→

 

心地よさ。

 

 

今日は爽やかで気持ちよい秋の一日でした。

 

風に吹かれるのが気持ちよい、

 

そらの青さが抜けるように澄んでいて美しい、

 

遠くから聞こえる子ども達の声、

 

のどかさ・・・

 

 

心地よい。

 

 

 

心地よさというのは、満たされている、ってことかも。

 

 

リラックスは、本来はどこでもいつでも出来ることで、何が足したり引いたりしなくてもよくて、何も操作しなくてよいという時、ふっと、瞬間にある感覚。

 

 

そのコツやスイッチは知っていると、いいですね。でも知らなくてもいい。

 

リラックスしようとしなくても気づかないうちにリラックスしている時は、

沢山あるんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入口は、今。

 

時間という概念。その外への入口は、今。

でも、今にいよう!とがんばると、それでは今にいないと思い込んでいるだけになる。

 

本当に今しかないということを、ただ確認する。

 

すると、がんばる心の動きも感情も自然に鎮まり、穏やかな平安な感覚がある。

 

 

そんなの感じられない!という抵抗があったら、また時間の概念に囚われただけ。

 

ゆっくりとした呼吸とともに、心臓の鼓動に意識を向けていると、そのリズムが心を静めてくれるからね。大丈夫。

 

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

無邪気こそ。

 

ピュアな身体感覚が素敵なのは、概念が無いから。

 

ただ最初に、

 

わぁ!

 

 

だけがある。

 

気持ち良い悪い、も実はなく、ただ

 

わぁ!

 

という何かがあるだけで何も無いだけで。

 

 

その、何かが分からない、何も分からない、無邪気さ。

それに理由や判断や言葉を付けるのは、もったいない。

 

 

 

わあ〜〜〜!

 

 

ふわぁ〜〜〜〜!!

 

 

無邪気は入口。

 

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→