6月空のお茶会は,いい感じだった〜〜♪

 

空のお茶会、6月。

6月のバーソロミューは、連続的に同一の私なんてないんだよ〜ということから始まって、連続した一個の人間が私だと思うのは記憶のせいにすぎないのですよ、その記憶はよく見てみると実はどういうもの?・・・そんなことをバーソロミューは丁寧に検証し、過去でも未来でもない私と私の隙間に「それ」が現れる・・・と伝えていました。そこが入口。

 

毎回、特に意図せずにピックアプするバーソロミューの言葉ですが、不思議といつも参加している私たちにタイミングぴったりの内容で、そこからいろいろ話が広がります。

 

 

今回は、伊東先生の青空新旧チームだったので、わたしとわたしの隙間、つまり伊東先生が常々おっしゃる「その思考の0、1秒前」「無心の一呼吸」とバーソロミューのことばが繋がりました。

空のお茶会6月は、終わってみると、ただ理由のない心地よさでした。

 

 

やっぱりね、こういう正直で素直になれる場は、ひとりで本を読んだり、お話を一方向で聴いているだけでは気づけないことに出会えるチャンスなんですね。特に、違和感を感じることがあったら、それは盲点との麗しき出会いです!

 

ってなことを私は感じたわけですが、一見真理とは関係ない話に飛んだりしながらおしゃべりは楽しくはずみ、のんびり午後を過ごしました。

 

こういうことを気兼ねなく話せる友に出会い、そういう場があることは幸せです。・・・確かに幸せなんですが、そのククリも超えて、何処でも誰にでも、これまで通りの友だちや仕事仲間、相変わらずの家族にも、なんだか知らないうちに感謝を感じていたり、美しさや愛おしさを見ていたりするものなんですね〜

 

 

生まれ変わっても。

 

クラス会で久しぶりに学生時代の友人たちと再会しました。

これまでそれぞれに様々な時間を過ごして来た友だち。

 

美味しいごちそうを食べながらの近況報告と一緒に、それぞれ一つの質問が与えられました。

 

小学生の時に大人になったら何になりたかった?

初恋のはいつ?

あなたの前世は何だったと思いますか?

振り返ってみて人生一番のドジは?

・・・

 

私の質問は、「生まれ変わったら何になりたい?」

 

・・・・・

 

う〜ん、私にこの質問が来るか〜と内心思いながら、

「私はもうこれ以上生まれ変わりたくないんだけど・・・」と遠慮がちにつぶやいたら、案の定、みんながちょっとキョトンした顔。でも友人のひとりがすかさず「もしかして、解・脱・?」と笑わせてくれました。「〜じゃぁ、生まれ変わったら、ドン・ジョバンニになりたい!」と言ってみましたが、これも全然ウケなかったから最終的には「いろいろあるけど、今がいちばん幸せだから生まれ変わらなくてもいいのである」とまとめて終わり。

 

同じようにお転婆な若者だった友人たちは今、それぞれにまぁるくて太っ腹の豊かな大人の女性になっています。そんな彼女達の堂々たる話ぶり、無邪気さ、ユーモアや気遣いや優しさを前にして、私は、こんな良いひとたちと友だちだなんて、幸せだなぁとその時感じていました。

 

あまり先の約束はできないのよ、と笑いながら病いと共存する友がいれば、あっという間に逝ってしまった友もいます。シングルマザーになって子ども達を育てて来たひと、平凡なまま来ちゃった〜と笑いながら家庭も仕事も十分に積み重ねたひと、遠い国の子ども達を支援しながら自ら10キロの荷物を背負って聖地へと歩き抜いたひと・・・さまざまでした。

 

どの人もどんな人生も素晴らしい。平凡とか特別なんて誰が決めるのでしょう。そもそもそんなものないし。

 

彼女達も私も(♪)、とっても素敵で、すごく可愛らしくて、自然で、大いに働き、精一杯優しく、よく笑って生きて来ました。

真理や悟りなんてどこ吹く風の友人たち、「もし〜だったら・・」という質問に「・・・だとしても今の自分の方がいいけどね」とそれぞれの「今」に満ち足りていたのは、ファンタスティックでした。

 

後から友だちがくれたメールに、

 

よーこちゃんは、生まれ変わってもまたよーこちゃんがイイと思う!

 

とあって、まったくまったく、おそれ入谷のキシボジン。

 

退屈に退屈しない方法。

 

昨夜はだる〜くて早めにベッドに入って、バーソロミューを読んでいました。

 

永遠に幸せであることを信じているのですか??? そんなことはおとぎ話の世界の話であって、あり得ないし、そうである必要もない。

 

というようなことが書いてありました。

(笑)(笑)(笑)

バーソロミューのこういう、バッサリ切り捨て御免!みたいなところが好きです。

 

退屈もね、退屈していることに退屈しなくてもいいんだって。

退屈していることを見ていたら、確かに退屈しませんよね。

 

バーソロミューもラマナもマハラジも伊東先生も(♪)

 

読むたび聴くたび新しい♡

 

 

 

 

ビシッと決まらないけど、自然。

 

 

 

不意打ちを喰らった時、たいてい、一瞬ぼーっとしてしまうのです。

気の利いた返事もできず、映画のような決め台詞でカッコ良く反論もできなくて。

 

 

きぃー、あの時こう言えばよかった!! も〜ばかばかばか!!!

またやられた、もぅ全然ダメじゃないか^^^^

 

 

なんてね。後から来るんですよね。思い出してイライラ〜♪

 

でも。

意外とこのアホみたいな、ぼ〜〜〜〜   は、悪くないぞ。

 

 

この、アホ、のままでいるのは実はとても自然なすがた。

 

ただ動きに抗わないでいる。

 

 

ぼーっ、は、最も効率よい自然な在り方かもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全体。

 

なるべくね、歩いたり、からだをほぐしたり、深呼吸したりして、からだと自然を触れさせていくことを大事にしよう、って思います。自然に扉を開けておきます。

自分のカラダを触ったり、撫でたり、ひっぱたり、叩いたり、も大切です。あかちゃんの時みたいな感覚(思い出せなくても空想でも)や、オトナ社会のお約束をちょっとサボって、とらわれない自由さに身を置くこともいいですよね。たまにお行儀悪いのを楽しんだり。

 

おばあちゃんの知恵的な、それはもう知っている〜というようなことや、おとぎ話みたいなお話のなかには、よくよく見てみると、決して変わらないことや幸せにつながる鍵があったりします。

 

 

私たちって、一見簡単なことや子供っぽい馬鹿馬鹿しく見えることより、ちょっと複雑なことや科学的な証明や目新しいことが大好き。刺激的で楽しいものです。

 

 

どれを選んでも、どれがピンと来てもいいんですよね。趣味みたいなものですから。馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、ですから。

 

最後の最後、全体には嘘も本当もないんですもの。