景山えりかさん@プロトマニア〜中秋の名月

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秋分の日、プロトマニアでは景山えりかさんの

『暮らしに活かす旧暦のエッセンス〜中秋の名月を楽しむ』

を開催しました。

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秋分とかお彼岸とか、季節ごとにやって来る節目の意味や風習など、

知っているようで実はその意味や内容って、意外と曖昧ではないですか?

 

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秋分のこと、お彼岸のおはなしから始まり、月の満ち欠けのしくみや、

昔の人が名付けた素敵な月の名前やその意味、

お月見やその楽しみ方などなど…

えりかさんの分かりやすい解説で、へぇ〜〜〜!と楽しいビックリがたくさん。

 

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旧暦のこと、お月様のこと、と言っても、

お話だと堅苦しいとか難しそうとか、そんな風に思っていらっしゃる方も

いるかもしれませんね。

でもね、そこはプロトマニアですから!

そしてなんといっても景山えりかさんですから!

 

えりかさんの素晴らしいところは、

学者さんやその世界の専門家として知識を伝えるのではなく、

市井の研究家として、

なんとな〜くしか知識がない私たちにも興味が持てるようなアングルから、

正確な知識をお話して下さるところなんです。

現代の寺子屋プロトマニアにはピッタリの先生です。

 

私は空を見るのが好きで、青空に雲も、夜空にお月さまや星もよく眺めます。

その時の、わぁきれい、とか、慰められるな〜、とかに、

ちょっとした知識が加わると、

季節や時間の移り変わりをふだんとは違う感覚で味わうことができます。

 

お月様と仲良くするためのキモは、

えりか先生曰く、

 

月を眺めること!(笑)

 

だそうです。

そう、今日は満月、新月…とカレンダーで追うよりも、

まずは空を見上げる。

今日のお月様のかたちや高さを見て、

その時の暗さや温度、湿度、などなど五感をフル稼働させてみる、

ということが大切!とおっしゃっていました。

忙しい毎日だからこそ、カーテンを閉める時に窓の向こうに見える月を見たり、

帰り道の夜空を見上げたりしながら、

自然と一緒に在ること、つながりを感じるのはすてきなことだと思いました。

 

さて次回は 12月13日(日)です。

12月は冬至や大晦日など、またまた知っているようで知らない旧暦の、

昔からの人々と暮らしが伝えて来た知恵に触れることができるでしょう〜

詳細が決まりましたら、ワークショップのコーナーにお知らせをアップしますね!

 

今回の講座の様子は、プロトマニアの  Facebookアルバム からご覧下さいね!

 

 

秋分の日

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本日は秋分の日。

あっという間に秋ですね。

朝からとっても気持ちよい。

午前中はちょっとだけお仕事の打ち合わせをして、ランチはパスタにしました。

最近は高齢の母に合わせたメニューが身に染み付いて和食中心でしたが、

私はもともと西洋カブレの祖母、父の血をついでいるので、

今日は久しぶりに一番好きなメーカーのパスタを茹でただけで、ご機嫌急上昇♡

 

子どもを育てた女性は、

子育て中は自分の時間なんてないから、珈琲をたった一杯ゆっくり飲めただけでシアワセを感じたわ!

と言っていました。

待ったなしの子ども達ですものね、おかあさんは大変。一杯の珈琲を飲む時間もないくらいに。

おかあさんであり妻であり仕事をしている友人たちを見ていると、手際がよいし、決断は早いし、どこか懐が深い。

もちろんおっちょこちょいで、怒りん坊だったりもするけれど、おかあさん独特の匂いがして、独特の魅力があります。

私は子どもがいないので、母の苦労や歓びがわからないのですが、匂いはわかるんだなぁ、うふふ。

 

身体が老いて行くことって、とても大変なんだと思います。

痛かったり、重かったりすると気持ちも影響を受けますし、思うようにならない苛立ちもあります。

でも皆に平等にそういう時と経験はやって来るし、全員が死を経験するでしょう。

前にも書きましたが、老いる母から見せてもらっていることがいろいろあります。

私たちは時間を信じていて、その決まり事のおかげで世界が出来ているけれど、

母はだんだんと瞬間、瞬間になってきていて、ほんの数分前のことをみごとに忘れていたりします。

忘れる、というより、全くない。

そして時々私は、これが真実かも、と思います。

私が思う、ちょっと前のこと、は真っ白けで何もないんです。

 

朝の空がきれいだなぁと言うわたし。

空を見て、「空だ」と思うのはそれが「ソラ」という名前と教えられ、言葉を覚えたから。

過去に教わった考え方を覚えていてそう言っている。

でも、本当の意味でそのものを見ていない。空だと思って見ているだけ。

記憶と概念でできている時間の世界。

なんだか不思議な気がします。

 

 

相応にやってくるもの

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先日、友人たちとおしゃべりしていた時に聞いたおはなし。

 

ちょっとした高級ホテルや高級店では、まずお客様の腕時計をチラッと見て、その人を値踏みする!

 

ホントかな??

私の祖母は、「ホテルや旅館に行く時は、靴と外套だけはきちんとした質の良いものを」と言っていたから、

そういうこともあるのかしらん。

 

30代初めの頃フランスで、あるブランドの時計を買おうとして二つの時計を迷ったことがあります。

ひとつはボーイズサイズで小振りのシンプルなもの。

もう一つは女性用のエレガントなもの。こちらの方がちょっとお高い。

するとお店のムッシューが

「今のあなたはこちらの時計がよいでしょう。あちらはもっと大きくなって成熟した女性になった頃、似つかわしいですよ。」

とボーイズサイズを勧めてくれました。

私は見た目がボーイッシュで実年齢よりも子どもっぽかったせいもありますが、

その物の価値に相応な状態になっていないと、持っていてもチグハグでおかしいよ、と教わりました。

 

最近、ずっと以前に目の端っこでちらっとだけ見たものと、再会しました。

嗚呼、あの時のアレはコレだったのね!! と静かに驚きました。

そうだなぁ、あの時の自分は関心もなかったし、あっても理解できなかったし、猫に小判だっただろうなぁと思います。

今、この手元にやって来たことがふさわしい。

これもまた自ずから然り。

ちゃんとそれ相応の絶妙なタイミングで、必要なものはやって来るものなのですねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

Tokyo♡

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街のあちこちで夏休みの光景。

駅は、家族連れやトランクをゴロゴロ引っ張る人たちが行き交います。

 

北も南も帰る故郷の地がある友人たちと話していて、

その土地の素晴らしさ、自然の美しさ、ゆったりした時間の流れや空気の美味しさ、

人の温かさや性質について聴くたびに、いいなぁと少なからず羨ましく思ったものですが、

今日は都心を歩きながら、東京は美しいと感じました。

 

普段は街に人が溢れてセカセカバリバリ歩き、沸騰したようなエネルギーが渦巻き、

最近は特に、人と人の間に無関心と過剰反応という両極振幅の激しさ、殺伐としたうねりみたいなものを感じて、

やだやだアブナイ東京…と思っていましたが、本当は、東京は相変わらずのままなんですよね。

 

東京という場は、多種雑多なもの、聖俗、善悪、矛盾も何もかもを抱え込める場なんだと思います。

異質なものを排除する働きがある一方で、ごちゃ混ぜを許し、隠れ場所を作り、許容する、

それが大都市の性質だからでしょうね。

 

大自然の美しさや圧倒的な姿にはもちろん及びませんが、

東京のあちこちにここだからこその良さや味わいを見出したり、

ここだからこその密やかな美しさを発見するのは楽しいものです。

 

もともと愛校精神、愛社精神、愛国精神、がちょびっと薄い方なので、

わがまち♡トウキョー、 と思うことはほぼないのですが、

旅行から帰って来た帰り道に東京タワーが見えると、

やっぱりホッとするわ〜、なんて思っちゃっていますね。

 

今夜は東京の空にもまんまるのお月様が真っ白く光っています。

 

 

Simple !

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ひとりで仕事を始めた頃に、食いしん坊の友人に連れて行ってもらった焼き鳥屋さんがあります。

そこは知る人ぞ知る焼き鳥屋さん。

店構えはごく普通の街の焼鳥屋さんですが、出てくる焼き鳥が繊細にして、絶品、客層もよし。

そして店主がとにかくプロフェッショナルで本物で粋でカッコ良い。

友人が独り立ちした私への応援のつもりで「商売下手なのでよろしくお願いします」と紹介してくれて以来、

企画展の度に、がんばってね~とメッセージをいただいたり、たまに見に来てくださったりしています。

私は一年に一度お店に行く程度なのですが、有難いことに交流は続いています。

いつだったか、いつもの焼鳥屋店主の姿ではない普段のいでたちを見て、

 

あ! ルパン3世!

 

と思ったから、そんな人物を想像してくださいね。

 

さて、とても久しぶりにその焼き鳥屋さんに行きました。

お仕事絡みだったので、私は相づちを適当に打ちながら、食べては店主のお仕事の手元を鑑賞しておりました。

仕事絡みというといろいろありますよね。

そう、複雑に考え過ぎたり、気を遣い過ぎちゃうこともあるんです、本当はシンプルなのに。

そんな夜だったのでした。

店主は帰りにそっと私におみやげを手渡してくれました。

 

翌日お礼のメールをしたら返信があって、

 

みんなの心と身体を健康に、元気にしてね

 

とありました。

とってもシンプルなこのことば。あ、そうか、と伝わってきた。

 

みんなのこころとからだを元気にする、ということは、

教えてあげる、でもなく、助けてあげる、でもなく、癒してあげる、でもなく、あるがまま起こる。

私が店主の焼いた焼鳥の美味しさで元気になるように、それは勝手になっていくものだ。

自分の中心を信頼して真ん中にとどまれば、それは勝手に広がって繋がっていく。

意図するマインドは邪魔をする。

だから私は、ただあるがままのこころばえを磨こうと思ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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今朝は、世田谷区上野毛にある五島美術館へ行きました。

6000坪の敷地があるそうですが、お庭がとてもすばらしくて気持ちよかった。

多摩川のほど近く、ちょうど国分寺崖線の上に美術館があるので崖の下へと続く森の中。

午前中の木漏れ日は、葉にも草陰の仏像にもきれいな光を落としていました。

森のあちらこちらに半跏思惟像があって、どれも表情が素朴で優しかったのが印象的でした。

 

森の中にはたくさんの種類の植物があって、空気が濃い感じがします。

自然の中にいるとからだの奥からゆったりして来ます。

ぎゅっと握りしめていた指がポロポロと無理なく開いていきます。

 

ヨガでするシャバーサナというポーズは、全身の力を抜いて大地に身を委ねます。

ちょっと見るとただ寝転がっているだけ。

シャバーサナは屍のポーズと言う意味。

屍になったからだは、抵抗もなく重さもなくからっぽ。

心地よいことすら忘れてしまう。

 

森の中の朝の静けさは、このシャバーサナのようにゆったりと私を受け止めていてくれました。

自然に深謝。

 

 

 

 

 

 

それぞれがすばらしい

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いろいろな方の書いているブログやフェイスブックの文章を読むと、

みなさん本当に文章がお上手ですよね。

言葉の使い方や、感情表現や、ちょこっと笑わせれくれたり、ぐっと論理的だったり。

書いたものには、なんとなくですが人柄も出ていて、それだけでは判断できないけれど、

内容に信頼感が持てたり、また読みたい気持ちになったりします。

写真だってすてき。

 

 

みんな素晴らしいんだなぁ。

それぞれの人の感性、見ているところ、感じ取っているところ。

 

人間っていいな。