無邪気こそ。

 

ピュアな身体感覚が素敵なのは、概念が無いから。

 

ただ最初に、

 

わぁ!

 

 

だけがある。

 

気持ち良い悪い、も実はなく、ただ

 

わぁ!

 

という何かがあるだけで何も無いだけで。

 

 

その、何かが分からない、何も分からない、無邪気さ。

それに理由や判断や言葉を付けるのは、もったいない。

 

 

 

わあ〜〜〜!

 

 

ふわぁ〜〜〜〜!!

 

 

無邪気は入口。

 

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

8月空(そら)のお茶会、やりました〜

プロトマニア 空のお茶会

 

昨日は大好きな、 空(そら)のお茶会、夏休みスペシャルでした。

 

非二元、悟り、真理などなどの言葉で表現される「それ」本質にまつわるお話を、毎日ブログでゆるゆるオモシロく鋭く発信している大人気のタクさんがゲスト参戦(♪)。

 

タクさんは、悟りのティーチャーとか講座の先生ではないので、ホントにそのまんま、みんなと「お・茶・会」になりました。楽しかったな〜♪

 

参加して下さったのは、動く生(ナマ)タクさんに会ってみたかった〜、という方もいれば、非二元の先生のミーティングや講座を体験している探求ベテランの方もいるし、読んだブログ繋がりでたまたまタクさんのブログに出会い大笑いして来てみました〜という方もいらっしゃいました。都内だけでなく近県や、遠くからは新幹線でぴゅーっと来て下さった方も。

 

通常、空のお茶会には定員はないんです。が、今回は初めて人数を少し控えたのです。先生から一方向でお話を聴く場なら、もっと大勢の方に参加していただくところですが、タクさんは先生ではないので、みんなでお茶を飲みながら話しやすい人数にしました。というわけで申し訳なくも、お申し込みいただいても、キャンセル待ちでも今回はご案内できなかった方々がいらっしゃいます。(ごめんなさーい!)

 

となると、本当にホントに一期一会、瞬間性からポコっと現れたお茶会でしたね。

 

タクさんはみんなの話を聴いたり、ブログで書かれたことへの質問に答えたりしてくれました。軽快な対話もありましたが、タクさんがみんなからの言葉を受け取った後、ちょっと上を向いてフンフンひとりで頷きながら言葉を探し、ひとつひとつ丁寧に応えていらっしゃったのが印象的でした。

 

ことばで伝えることができない「それ」(本質)を言葉を使って話す時には、慎重に文脈を読んで、言葉を丁寧に扱わないと、受け取る側はあっと言う間に、分かろう!つかもう!スッキリ安心〜!方向へ流れてしまう。だって分かりたいし、どうにかしたいのは本能みたいなものだからね、でも分かったら「それ」じゃない。分からない無邪気さが入口。

 

そこをそっちへ向かわないように、タクさんはオモシロいことを言いながら、チョイチョイと見ていてくれていたような。でもきっとタクさんは、へ?そうですかぁ〜、ノリなんやけどね〜なんて言うだろう。

 

まぁそんな風で、お茶会はあっという間に予定時間を過ぎてのんびりお開きとなりました。

 

 

遊びに来て下さったみなさん、タクさん、ありがとうございました♪

 

 

 

この世界がある、誰が作ったのかこんな思考もあんな感情もあるコト自体が不思議ですごい!と、参加者の方がおっしゃいました。そうそう、子どもの頃、そういうことをよく考えたよね〜って。

 

「わかちゃった人」の方たち、ほぼチンプンカンプ〜ンっと楽しそうに笑ってつぶやいて下さった方、仏教が好き!な方もいらして、みんな別々の場所で非二元やら本質やらをなぜだか探求していた、いる。それがここで一緒にお茶を飲んで、タクさんを囲んで笑ったりお話しする、というこの現れの不思議さよ!

 

 

さて、その不思議さの  0,1秒前には何がある?・・・

 

 

 

プロトマニア 空のお茶会

帰り道は温泉につかったようなボヨヨン加減。思い出したらお茶会の写真を撮り忘れておりました〜。おやつの写真だけ。米粉のマドレーヌ!

 

 

・・・keep contented and sit quiet

 

The world is illusion.

Under every wave is Ocean,

under every name is substratum.

If you do not forget who you are,

this appearance is  the Cosmic Dance.

The Unnameable has given you this shape

to play, to Love, to know thy Self.

Don’t forget this !

 

 

Live life as it comes, but don’t be involved in it.

Let it come, don’t reject it.

If nothing comes keep contented and sit quiet.

This is a true Teaching.

 

『  THIS   Prose and Poetry of Dancing Emptiness  』 SRI. W.L. POONJA

 

 

 

私が何かを知らない?

 

人間が苦しむ理由。インドの哲学書ヴェーダンタの中にそれが書いてあります。

そのひとつ。

 

私たちが、自分が何か?  を知らないこと。

 

 

不安に思ったり、苦しんだりする私たち。私、私、って言うけれどそれはいったい何を指しているのか?・・・あらためて考えてみると、

 

実は何も分かっていません。

 

それをわからないまま、わかるものにばかり目を奪われています。

 

 

私って、わかっていますよ、もちろん自分のことでしょう? 自分個人のことを「私」と言って生きていますから。

 

・・・それは本当ですか?

 

 

ところで「自分」って何かというと、丁寧に見てみれば、心と身体に条件づけられたものを指しています。目を奪われているもの、わかっているもの、わかっている自分とは、この思考、気分、感情、記憶、イメージ、国籍や性別など。

 

普段、私たちはこの「自分」が「私」だと当然のように信じて生きています。同一化しているってことですね。

 

じゃあ、もう一度。ほんとうに、

 

 

私 = 自分

 

 

なのかな?  これを検証してみます。

 

 

私は、思考だ、感情だ、記憶だ、身体だ・・・

さらに、

 

私は、真我だ。

私は、無だ。

私は、神だ。

・・・・

無意識に思っていたり、学んだ情報で思い込んでイコールにしているものだけで、こんなにあります。

 

ところが思考も、真我も、無、も、言ってみれば概念です。実体はありません。

 

私 = 自分。

私たちが普段から当り前だと思っているこれを疑ってみて、その信念を解いていくのはそれほど簡単ではありませんね。

 

もし「私」が何か? が分かった!と思っても、私は〜だ、ということが分かる、つまり実はそれはまた何かと = イコールにしているんですね。

わかった! と思った瞬間、何かにイコール。すなわち、実体はなく、不変の本質ではないということ。

 

 

ということは「私」が何か? を直接見ること、知ることは、できないのですね。

まずは、何ではないか、だけを見てみましょう。引き算です。

 

 

・・・・・といったことを、伊東先生はお話します。

もう知っているつもりでいることも、丁寧に見て聴いていると、おや?という発見があったりします。これまでいろいろな本を読んだり、お話を聴いて来た方でもきっと、盲点に出会えるかもしれません。

 

盲点は、ひとりでは見えないのよね〜

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

 

 

 

 

すべてを感じるのはすばらしい喜び

 

 

深い悲しみを感じているときには、

 

人はまたいのちも深く感じていることを発見します。

 

 

 

『バーソロミュー3 大いなる叡智が語る平和への祈り』 P271

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

8月20日(日) 14時頃から16時頃まで

*今月は募集を終了しました、また来月!

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

 

伊東充隆 主宰  第2回 青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

be like the breeze

 

Don’t run after projections on the screen, be very wise.

Do not lose your peace at any cost.

Things will rise and fall, so not do be caught !

Peace is most important, you have to be happy in the Lila,

no-mind-limitless-happiness with Freedom in your mind,

not problems.

 

 

Remove all becomings, you are Being.

Becoming is effort, Being is no effort.

 

 

You are always That so be like the breeze

that is attached to neither the garbage nor the garden

that it blows over.

 

 

『  THIS   Prose and Poetry of Dancing Emptiness  』 SRI. W.L. POONJA

 

 

平和。

 

今日は終戦記念日ですね。プロトマニアがある九段は、毎年、普段とは違う空気が流れます。機動隊がバリケードを作って警備に当たったり、街宣車の大音量の音楽が聴こえたり・・・

 

日本の夏は、戦争と平和について考える時ですね。戦争に関する番組がいろいろ放映されるし、戦争を実際に知らなくても普段より考えるきっかけが多いのではないかと思います。

 

 

自己の本質を知ろうとして学んでいると、途中で、この世界は夢です、幻です、私はいません、などなどの言葉に出会ってひっかかり、むむ?と疑問をもったり、抵抗感が生まれる時期があります。

 

私はいない、って無責任。

 

世界は夢、って逃げてるだけじゃない?

 

なんだか浮世離れしている感じ。

 

そんな風に思えてしまうことが私にもあって、いや〜な気分の時期がありました。

 

でもよくよく見て行くと、この自己の本質を知ることほど平和に貢献することはないのではないかと思います。

 

平和のために正義は、有効ではないですね。何かに対しての正義は対立にまた対立をもたらすだけなんですね。ジャンヌ・ダルクが正義の旗を掲げて戦い続けた末にふと振り返ると、後ろには血と屍を見る、というように。

 

 

なぜ「それ」が究極の平和なのかを知ることは、すごく地味で動きがなくて静かすぎて退屈なようなのですが、一番大切なことだと今は思います。知識として知るだけでも、それが理解できることを充分に素晴らしいと私は思います。その智慧は、普段の生活の中にもいかせるし、いかすどころかそもそもそれだったわけで。そうしてこそ、真に入口に立つのかもしれません。

 

そんなことを伊東先生の青空禅で教わってきました。

 

大きな大きなギフトではないかなと思います。

 

 

 

 

まるごとひとまず置いておく。

 

刺激が来て、反応して、思考気分がやってくる。

このパターンは肉体の働きだから止めようとしても止まらない。

止めることよりも、間を空けること。

 

なんでそうなっちゃうのかな〜と、人はつい瞬間的に問うて、その理由を探ろうとしたり、因果を結ぼうとしてしまうのです。

でもそのクセも止めようとするのではなくて、まるごと置いておく。

クセを修正しようとすることが要点ではないのです。

 

そんなことを、長きに渡ってスタイルをいろいろにしながら青空禅 の対話の場でお話している  i Medic & Art の  伊東充隆先生から、教わって来ました。

 

空のお茶会に来てくれる  タクさん も同じように、そういうことを優しく書いているんですね〜

 

こうしなきゃ、こうあらねば〜〜みたいなギュッと固まった気分、でなければ単純に、言葉そのものを、横にホイっといったん置く。まず間を空ける。

 

そんなの何度も聴いているし読んでるけどできない!って諦めないでね。私も何度もやっています。できなくても、ウエ〜ン私ってダメダメッ!なんて思わずに、ダメ子でもダメ太郎でも、何度もここはシツコクやってみましょうよ。

 

ヤサグレてもいい、諦めずにホントにやると、ある時ふと、伊東先生が言ってたことやタクさんが書いている感じが、ふわっとやって来ます。やっぱりね、

 

慌てない慌てない、一休みひとやすみ。

 

 

だいじだいじ・・・

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

8月20日(日) 14時頃から16時頃まで

*今月は募集を終了しました、また来月!

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

空のお茶会8月夏休みスペシャル〜は、フッツ〜に在る

 

おはようございます〜

みなさんは夏休みですか? 今朝の散歩、公園では蝉がうるさいくらいみーんみーんと啼いておりましたよ。

 

 

毎月のんびり開催している「空のお茶会」は、次の日曜日です。

 

先生のいない空のお茶会、8月は夏休みスペシャルということで、以前も遊びに来てくれた人気ブログを発信するタクさんが、再びゲストで参加してくれることになり、タクさんが、空のお茶会に参加します〜とご自身のブログに書いたらば、

 

・・・お、お、お、私がジャーナルに書く間もなく10名の参加者がシュッと集まってくれました。(普段、特に定員を設定していないのですが、今回はお茶会話〜 ♪がしやすいように、10名くらいで締め切りました) みなさん、タクさん、ありがとうございました。

 

 

タクさんとたくさん話して、アハハと笑いながら、おいしいお茶やオヤツと一緒に、そのまま正直に素直に、今の位置から、自分で、フツウに!「在る」を見て、確かめてみよう〜♪

 

 

というわけで、スペシャルでも何でもなくいつも通り、

 

フッツ〜の空のお茶会やりま〜す♪

 

 

 

 

*私の本質、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

8月20日(日) 14時頃から16時頃まで

*今月は募集を終了しました、また来月!

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

1秒でオーケー。ただ在る。ハートの辺りで。

 

私は在る、に意識をとどめよ。

 

とマハラジせんせいは言いつづけました。

 

ただし、この「私」は、「私」という対象がある、ではありません。

本来、私とネーミングされているそれは、

 

在ることそのもの。

 

 

「私」という実体があるのではないのです。

私とは在ることそのもの。

それにピントを合わせ続けたら、自然とことは起こります。

 

 

1秒でオーケーだよ、ただ在る、をハートのあたりでやってみよう。

 

 

と、伊東先生は繰り返し言います。

 

しがみついたり、依存することで本来の「在ること」を確認したがるのだけれど、対象の無い在ることそのもの、在る以上のことは無しにしよう。とてもシンプルなこと。

 

1000本ノックのように、ふと1秒。

 

 

 

 

* 言葉ではない。不立文字の「自己の本質」とは・・・

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

 

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→