先生もあなたもわたしも、素晴らしい!

 

明後日は、5月の「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座」。

中尾さんと一緒に、バルテュスの作品と人について、見て感じて考えていきます。

 

 

学校嫌いの私がイメージした寺子屋のプロトマニアは、お勉強する場所ではありません。もちろん知らないことを先に知っている専門家から教わる時には、リスペクトは最大限に真摯に学びます。ただ、知識を得ることが目的の場ではなく、自らの欲求に従って学び、感じ、変化するきっかけの場がいいなと思っていました。勉強するのではなく、伝えられる知識の間の目に見えないニュアンスを自ら耕すような感じ。

 

中尾さんの講座は、毎回来て下さる方たちの中に変化が見えるのがとても楽しいし、嬉しいし、ステキだなぁと感じます。

 

 

中尾先生、素晴らしい先生ですね。

 

 

と言っていただくと、我が事のように嬉しく、エッヘン、でしょ〜?!と鼻高々です。

でも同時に、

 

 

そういうあなたも、素晴らしいです!

 

 

と思います。

 

 

 

先生の素晴らしさを実感しているあなたは、素晴らしい!

 

 

 

プロトマニアは「真理の探究を思いっきりするぞ〜〜〜」と心の中で叫んで始めたのですが、最近、プロトマニアをずっと見ていてくれる友だちに「真理の探究だっけ?  なんでそんなこと考えるのか、不思議だったわ〜」と言われました。そういうことを言ってくれる友だちが、私は大好きです。

 

青空禅や和サンガで伊東先生から学んだことが基盤になって、最近は、他のティーチャーが言っていることもよくわかり、鮮明に伝わって来たり、これまで聴いてきたことが繋がって、先生が伝えていたことはこのことだったかと合点するようになって来ました。

 

それは、真理、真我について、絵画や中尾先生の話、参加者のみなさんの発言を聴きながらアレとソレが繋がったり、伊東先生の話を何度も聴いたり、バーソロミューやマハラジや同じ本を繰り返し読んだりしながら、同時に、そんなことなんで考えるの?という友人たちや、やれやれと思いつつ、相手を否定してつぶし合うのではなく、ただ率直に今の位置から話し合えるチャンスがあったから。

 

 

私は、ちっがーーーーう!

 

 

私は、こーーーーーいう人なんですっ!

 

 

という強固なヨロイのひもが知らず知らずのうちに弛み、新しい感覚やまなざしに変化していくことは、

 

 

素晴らしい!

 

 

素晴らしくきもちいい!

 

 

 

ふと気づいたら、ぜったいイヤと思っていたことまで、溶けて流れて無くなってしまっていたりしてね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでそのまま。

 

 

空のお茶会は、多様性を学ぶ場なのかも。

 

と参加者の方がおっしゃっていました。

 

そう、だって、バーソロミューにはたくさんスピリチュアル的な表現が出てくるし、参加者の視点は、非二元もスピリチュアルもその人オリジナルもいろいろあります。長年、私が道案内をしていただいている伊東先生のもとで、今、学んでいる人もいれば、先日のように、非二元という言葉を使わずに「それ」に、くつろいでいるタクさんやナオコさんが来てくれたりします。

 

話を聴いて違和感を感じることがあったり、それって自分の信念と違うけどどうなのぉ?とか、この人はわかっておらん(・・笑)とか、そんなことを頭上にぽっかり浮かんだ吹き出しの中で呟いているかもしれませんし、いないかもしれません。

 

それはそれでいいんです。

 

自分で確かめるチャンスだから。よく見るチャンスだから。

 

非二元、悟り、自己の本質を知りたい、そのものに深く深く落ち着きたい、安心したい。

これは、宗教や観念とは違います。誰も私を試さないし、私は自分をけっして誤摩化せません。

 

 

 

出世魚ってあるでしょ。

おさかなの「シンコ」は「コハダ」になって、最後はコノシロと呼ばれ、

ブリは、「ハマチ」から「メジロ」を経て、ブリ。

どれもそれぞれ、その時々ちゃ〜んとそれで良くて、皆に愛されていますよね。

それでそのまま。

おまけに、究極はもともとずーっと、ただ「魚」!

 

 

 

これでいいのかなぁ・・・という時はそれが自然。

 

こっちがいいなぁ・・・それも自然。

 

無駄なように見えても、苦しくても悲しくても、ショートカットする道を知らなくても、いいと思います。インド人の有名な誰かが言ったことや西欧の誰かの言葉を鵜呑みにしなくてもいいし、天の声や日本のあの人の説明がピンと来なければ、そのこと自体に正直に。あれこれの情報にオドオドしたり、緊張するより、リラックスしていればいいんだと思います。リラックスしながらおのおののペースで。

 

慌てない慌てない、だいじょうぶだいじょうぶ。

 

私は自分にそう言います♡

 

 

私はね、青空禅が好きなんです。(次の青空禅は6月開催予定です)
「青空禅」という名前がとても好き。悟りとかワンネスよりもイメージがのびのびしていて、親しみやすくて。本質はまさに青空で広大無辺なんじゃないかなぁ。

 

 

*ふだんの言葉で伝える  ” 自己の本質  ” 、決して変わらないもの、とは〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

 

 

空のお茶会5月、やりました〜くつろぎ

日曜日は、プロトマニアの「空のお茶会」でした。

 

だいたい私が書くことや言うことは、「何言ってるんだかわからない!」とよく指摘されるんですが、この空のお茶会は、そのもの!かもしれません。

 

分からない・・・

 

 

その日の「バーソロミュー」を読むことだけが、ひとつ、灯台みたいなものかもしれません。あとはお茶を飲み飲み、オヤツを食べて、お話しして、話したことの結論や帰着点を求めていないので、これといった「オチ」もないまま、終わります。

 

まとめがないので今回も、何がどう作用してどう良かったかは、参加者ひとりひとり違うと思います。

 

ワカッタ、スッキリ〜〜〜

 

は、あるかもしれないし、ないかもしれません。

 

 

4回目のお茶会が終わって少し時間がたってみると、そのもややんとした感じ、なんだかわからないけどなぁ〜という感じ・・・そのこと自体にみんなが少しずつくつろいでいけるような予感がしました。

 

時間のイメージとしては、ものすごーくものすごーくゆっくり変化、ですが、発見は瞬く間に。

 

 

空のお茶会は、あの「分からなくてもいいや〜」っていう、くつろいだ空気が安心なのかもしれません。それでいいんだなぁ、分からなきゃいけないと思い込んでいたなぁということに気づく『間』があるような気がします。

 

 

 

今回はね〜、スペシャルフレンズが遊びに来てくれたんですよ!

 

パンパカパーン〜★

このジャーナルでもご紹介したことのある、

 

タクさん と お友だちの Naoko さん〜 ♡♪

 

です。

 

タクさんは、先生ではありません。いわゆる悟りのことや、それを求めてあれこれやっている途中で陥りがちなつまづきシチュエーションを、普段の言葉とユーモアたっぷりの表現で実況中継しながら、そのこんがらがりのカラクリを解いて、そっちじゃなくてこっちかも〜、こんなのものかもしれませんでぇ〜と、ふんわり核心を突いたブログを書いていらっしゃいます。

 

*Life is like children playing houseー人生はオママゴトのようなものである

 

そんなタクさんが Naoko さんと遊びに来てくれたのです。

 

楽しかったなぁ!

おふたりの自然なことと言ったら!!

 

お茶会は、非二元を求めたり、つかもうとしている人だけが来ているわけではないので、タクさんの表現、青空禅で学んだ人の表現、スピリチュアルな表現・・・いろいろ行き交い、自由にその場で行き来していること自体が、すごーくいいなぁと感じていました。

 

 

人間はひとりひとりくるりんとまとまって閉じられた別々の存在に見えるけど、実はパカンと空いた天真爛漫、自然そのもの♪

 

 

 

*先生はいません、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

毎月第3日曜日、または第4土曜日 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

 

 

 

5月のプロトマニア

ちょっと出遅れましたが、5月のプロトマニアのご案内です。

 

まずは、5月最初の、伊東充隆主宰  和サンガ 東京6ヶ月コース。

今回は冒頭に先生から「基本に立ち返って・・・」ということで講義がスタートしましたが、この「基本に立ち返る」というのは折にふれ先生の口から登場します。基本に始まり、基本に終わる! そうなんです。とてもシンプルで何気ないことをコツコツとやり続けることが、安全で確実でどんな人にもできることだよ、と先生はいつも伝えています。

たくさんのイメージや情報で覆われた「それ」。まとわりついた、一見ステキな♪ベールを、一枚ずつはがす。あれ?ホントにそれ?というほどの無垢に辿り着く。

和サンガは、7月から沖縄でも開催されます。東京の次のスタート予定はあらためてお知らせしますが、東京の和サンガは、さらさら〜っとしていて、大袈裟じゃなくてシュッとして江戸っ子な感じで(笑)なかなかに粋でござんすよ。

 

 

 

そして、プロトマニアのアートの柱は、中尾陽一先生の「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座」

5月28日(日)は「バルテュス」です。バルテュスは、奥様が日本人でお美しい方ですが、そんなこともあってか、これまで何度か美術界だけでなく話題になっている画家です。描かれているもの、テーマが少女のエロティシズムだったりするところで、その絵の好き嫌いがハッキリしてしまうこともあります。とにかくどこか怪しい雰囲気をたたえた作品とご本人。不思議感、満載です。そんなバルテュスを、中尾先生がどんなアングルから見つめていくか、参加者の皆さんへのガイドがとても楽しみです。中尾流は、美術に詳しくても知らなくても、その場で美術を楽しむことができる!と実感していただける講座。ぜひご一緒しましょ〜。お申し込みお待ちしております。

 

 

 

ふふふ、5月21日(日)は、空のお茶会です。

先生がいない空のお茶会では、バーソロミューのメッセージを中心にして、真の私に纏わるあれこれを参加者が自由に話します。私がこの会の部長なので、こうしようか〜あれしようか〜と言い出しっぺにはなりますが、セラピストでもないし、専門家ではないので、みんなが一緒に考えてくれます。バーソロミューを読むことにしたのは、真理、愛を伝えるバーソロミューが話すことが、私たちの日常の具体的なワンシーンをたとえ話にしていたり、そうそう、ついそうなってる〜っていうようなありがちな場面をたくさん引き合いに出して、分かりやすく伝えているからです。目に見えないことを見えることの中にユーモアを交えて繋げて行きます。私は便宜上、真理ということばを使いますが、行為としての愛ではなく、それそのものである愛が私であることを、優しく伝えています。

ここでそれを話したり確認することは、私たちが長い間、誰かから教わることに慣れてしまっていることから少しだけ離れて、同化や願望や催眠によってそうなのではなく、本当に本当にそうなのか? を正直に自らに問う、という静かな作業になるのではないかと思います。いろいろ楽しくやっているのでよかったら、いつからでも遊びにきてくださいね。

 

 

5月ものびのび、爽やかなプロトマニア、です♪

 

5月の中尾先生絵画鑑賞入門講座は、バルテュス!

プロトマニアのアートの柱、中尾陽一先生の「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座」は、柱が太〜くなって来た気がします。

 

私はアートを通して、私ってなんだろう? 絶対に変わらないものって何だろう?(自己の本質)を考えたり、聴いたり、探ってきたのですが、つくる人ではないアートの仕事は飽きない商いであるがゆえ、この世の欲望が渦巻く世界。『売れない画商』っていう素敵なあだ名(笑)をもらうくらいの私には、仕事としてはまったく向いていなかったとも言えます。でも、様々な出会いはこのアートを通して起こって来ました。

 

プロトマニアで中尾先生の講座を毎月聴いて来て、芸術というのはまさに真理を求める人々が命がけでそれを表現しようとしているものだということ、あらためてよくわかりました。芸術作品は、自分と向き合うツールです。

 

中尾先生から、自己の本質とは?とか、悟りやら真我やら非二元、なんて言葉は聞いた事がありません。私がそれについておしゃべりすると、「あぁ〜・・・はい」くらい頷いてくれるけど、中尾先生は取りたててそんなことを話題にはしません。でも、この「誰も教えてくれなかった絵画」の見方は、固定した見方を揺さぶり、気づかない信念や思考に「あれ?」と気づかせてくれる。そんなことをに興味がある人には新たなアングルを与え、興味が全くない人たちには、知らないうちに視野が広がって、頭も心も余分な緊張が弛んでゆったりしている、そんな講座です。

 

 

 

さて、中尾先生からのご案内です。

 

5月28日(日)のプロトマニア・アート・レクチャーのご案内です。

20世紀最後の巨匠 バルテュス

前回の《ボナールとナビ派》の講座内容が、プロトマニアのHPに、ライブ感たっぷりに楽しく紹介されています。よろしければご覧下さい。

 

ボナールとナビ派!〜中尾陽一先生の絵画鑑賞入門講座

 

 

さて、次回はバルテュスをとりあげます。

バルテュス、変わった名前ですね!ただし、これ通称です。

本名はバルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ。

こちらは、なんともエキゾチックで高貴な出自を彷彿とさせる名前ですが、それもそのはずポーランド貴族の血を引く家系だそうです。東欧系の貴族と聞いてわたしは勝手にドラキュラ伯爵を連想したりします。この名前の響き、ゾクゾクっとしませんか?

名前からして不思議感満載な匂いがするバルテュスですが、作風もこれまた異色中の異色。まず思い浮かぶのが室内で扇情的なポーズをとる少女像ですが、その脇には我関せずと独特な雰囲気を醸し出す猫がいたりします。猫はパリのシーフード・レストランの壁を飾った絵ではユーモラスな主人公になっています。そうかと思うとまったく別人が描いたような光に満ちた静謐な雰囲気の風景画があったりもします。

バルテュスは1908年にパリで生まれ2001年にスイスで亡くなっています。まさしく20世紀を生きた画家でしたが、20世紀美術のどの流派にも属することなく、独自の具象表現を追求しました。その創作態度や秘密めいた私生活から「孤高の天才画家」とも称されます。ピカソはバルテュスの芸術を高く評価して「20世紀最後の巨匠」と呼びました。

その一方で、バルテュスは少女のエロティシズムというセンセーショナルな画題から道徳的な批判や誤解に曝されてもきました。2014年に東京都美術館ほかで開催された没後初の大回顧展のサブタイトルは『称賛と誤解だらけの20世紀最後の巨匠』でした。バルテュスは好き嫌いがはっきる分かれる画家です。

次回のアート・レクチャーでは好き嫌いを越えて、はたしてバルテュスはピカソの言うように『20世紀最後の巨匠』なのかを、みなさんとごいっしょに感じ考えてみたいと思います。

 

 

美しい日々

 

猫と裸婦

 

地中海の猫

 

*美術のことを知っていても知らなくても、ただ楽しもう!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第37回 バルテュス

5月28日(日)13時から15時30分

お申し込みは、中尾流と書き添えて こちらからどうぞ→

 

和サンガ 東京開催中〜青空と伊東先生と一緒。

和サンガ東京

 

毎月第1土曜日の午後は、伊東充隆先生主宰の和サンガです。

和サンガは、自己の本質を知り、実感し、それを生きよう(説明が下手なので詳しいことはこちらから)という人たちが、伊東先生の元で継続して学ぶ場です。

 

東京は6ヶ月コースなので、半年があっと言う間に過ぎて行きます。この大都市の疾走するスピード感、エネルギーと共振しながら、参加者それぞれがそれぞれの位置で誰と比較することもなく、本質とは何か、私とは何かに向かいます。参加者は知性によって得た知識を支えにし、感性によって実感に遭遇するためのシンプルなコツをそれぞれが実践しています。

 

伊東先生は、言葉ではない、観念ではないものを、キワキワの明晰な言葉で伝達しています。しかし、先生のお話や言葉を集めて理解したり、言葉で分かることが大切なのではありません。先生の言葉はあくまでも道しるべです。先生がくれる道しるべは、自分ひとりでは気づけない信念や観念に気づき、それが発生する寸前の圧倒的な静けさを実感するように、と促します。

 

そして毎回の和サンガで参加者は、たった今のそれぞれのまま、先生のサポートを真摯に受けて、それを無駄にしない実践へ向かいます。

 

「私とは何ですか?」と問われれば、当り前にこの肉体、この思考、この感情・・・と言うでしょう。でもひとつひとつ調べてみるとそれは「私感覚」であって本来の「私」ではありません。空の雲と同じくどこからともなく現れては消えて行く常に変化してやまないものは、自己の本質ではありません。本質とは決して変わらない変わり得ないもの。変わり行くものを包含する常在のそれ。

 

 

そんなに真剣にやったからって何かいいことがあるのか?と思うのですが、そうですねぇ、たぶん、いいこともそうでないこともあるのかもしれませんね。でも、そのことは、自分しか実感できないから人の言葉を聞いても仕方ないかもしれません。人の言ったこと、書いてあることをインプットすればするほど、余計なイメージや観念、無意識の思い込みが増えて、ただそれそのもの、ということからズレるのかもしれません。

 

5回目にしてようやく自分の方向性がわかった、と笑う和サンガの友人もいます。それって素敵なことじゃない!? その時がその人のベストタイミング!!

 

こんな純粋で素敵な場をつくってくれた先生、みんな、ありがとうございまーす♪

 

 

 

和サンガ東京

*決して変わらない、変わり得ないものを知る〜

伊東充隆 主宰  和サンガ  東京3期6ヶ月コース  開催中

和サンガについては、こちらから→

和サンガ東京へのご質問は、和サンガについてと書き添えて、こちらからどうぞ〜→

 

 

 

 

空のお茶会5月は 5/21(日)やりま〜す♪

 

空のお茶会は、青空禅の伊東充隆先生のもとで学んで来た「自己の本質」について、そんなことをアッチコッチでやっぱり探したり考えたりしている人たちと一緒に、お茶を飲み飲み、お話しましょうというお茶会です。

 

別にお話しなくてもいいんですけどね。誰かに教わるばかりじゃなく、ちょっとつぶやいてみたいなぁ、ってことを、照れずに正直になって安心してつぶやいてみようかな、と。

 

実は私はしばらくの間、言葉アレルギーになっていました。言葉は思考、概念、観念のもと。だから言葉にとらわれる感覚がすごく重くて窮屈だったんです。でもこの世界は言葉で出来ているでしょう? だから、どうやってもそこからは逃げられないんです。言葉アレルギーと言いながら、言葉でいろいろなことをつかんだり、浮き輪みたいにつかまったりしながら、ウロウロしていました。

 

でも、なんとも言い難い反抗期(笑)がようやく終わってみると、言葉の素敵さも危なさも、前よりハッキリよく見えて穏やかになりました。

 

空のお茶会は先生がいないし、どこかの着地点を目指していません。魂の向上のためだったり、霊的進化(どこの誰が、きみは進化した!って太鼓判くれるのかなぁ)の場ではありません。

 

私がハタからそのように見えていたように、学び好きのマニアックな誰かが言葉の世界でドンヅマリになったり(♪)ウットリしたり、先生というネーミングの前で自分で勝手に自己催眠に掛かったり、同化して目がハート♡になっていたら、空のお茶会でいろんなひとのおもしろ〜いツッコミや、正直で本当に愛ある優しいことばや率直さ、時には黙ってジワジワくるコワめの気配も体験したりして(笑)、軌道修正や自己検証するのも悪くないかな、と思うのです。それは、同じ位置で肩を並べる場だからできるんじゃないかなとも思います。

 

とにかく難しいことじゃなく、なにごとも、ひとつも間違えはないから、安心して、思い切りそのまんま。

 

空のお茶会はのイメージは、『部活』です。

体験参加もいいし、サボってもいいし、皆勤してもいい。

よかったら一度遊びにきてください。

 

 

*先生はいません、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

5月21日(日) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)