・・・keep contented and sit quiet

 

The world is illusion.

Under every wave is Ocean,

under every name is substratum.

If you do not forget who you are,

this appearance is  the Cosmic Dance.

The Unnameable has given you this shape

to play, to Love, to know thy Self.

Don’t forget this !

 

 

Live life as it comes, but don’t be involved in it.

Let it come, don’t reject it.

If nothing comes keep contented and sit quiet.

This is a true Teaching.

 

『  THIS   Prose and Poetry of Dancing Emptiness  』 SRI. W.L. POONJA

 

 

 

be like the breeze

 

Don’t run after projections on the screen, be very wise.

Do not lose your peace at any cost.

Things will rise and fall, so not do be caught !

Peace is most important, you have to be happy in the Lila,

no-mind-limitless-happiness with Freedom in your mind,

not problems.

 

 

Remove all becomings, you are Being.

Becoming is effort, Being is no effort.

 

 

You are always That so be like the breeze

that is attached to neither the garbage nor the garden

that it blows over.

 

 

『  THIS   Prose and Poetry of Dancing Emptiness  』 SRI. W.L. POONJA

 

 

永遠の師は道そのものなのだ。

 

 

マハラジ

 

・・・一方、サットグル、永遠の師は道そのものなのだ。

ひとたび道が目的地であり、あなたはつねに道の上に在り、目的地に到達することではなく、その美しさと智慧を楽しむことを悟れば、人生は仕事ではなくなり、それは自然でシンプルに、それ自体で歓喜となるのだ。

 

 

 

Ω  I AM THAT    Talks with Sri Nisargadatta Maharaj
『アイ・アム・ザット 私は在る』ニサルガダッタ・マハラジとの対話     

「真のグル 」 P444より抜粋

 

 

 

* ” 私  ” は何処に在るのか、決して変わらないものへの入口

 

伊東充隆主宰 第1回青空禅塾

8月6日(日) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

私はそれを普通と呼ぶ。

 

 

マハラジ

ここでは、「どのように」ということはない。ただマインドのなかに、「私は在る」という感覚を保ち、あなたのマインドとその感覚がひとつになるまで、そのなかに没入しなさい。繰り返し試みることによって、あなたはそれへの愛情と留意の正しいバランスをつかむだろう。そして、マインドは「私は在る」という思考ー感覚のなかに、揺らぐことなく確立するようになるだろう。何であれ、あなたが考え、話し、行うにも、この不変で愛情深い存在の感覚は、つねにマインドの背景として消えることなく残るだろう。

 

質問者

そして、それが解脱なのでしょうか。

 

マハラジ

私はそれを普通と呼ぶ。努力なく、幸せに、行動し、知り、在ることのどこが間違っているだろうか? なぜ身体の即座の崩壊を期待するような、そんな特別なことと考えるのだろう? 身体に死が訪れることの何が間違っているのだろうか? 身体に対する態度を正し、忘れてしまいなさい。甘やかさず、苦しめず、ほとんどの時間、意識的留意の境界下においておけばいいのだ。

 

 

 

Ω   I AM THAT   Talks with Sri Nisargadatta Maharaj
『アイ・アム・ザット 私は在る』ニサルガダッタ・マハラジとの対話    

「無欲、最大の至福 」 P68 より抜粋

 

 

 

 

 

* ” 私  ” は何処に在るのか、決して変わらないものへの入口

 

伊東充隆主宰 第1回青空禅塾

8月6日(日) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

ただ直接の洞察だけが自己を露わにする。

 

 

マハラジ

・・・あなたはとても多くの言葉を学び、とても多くの言葉を話してきた。あなたはすべてを知っている。だが、あなた自身を知らないのだ。なぜなら、自己が言葉を通して知られることはないからだ。ただ直接の洞察だけが自己を露わにする。内側を見なさい。内側を探求するのだ。

 

質問者

言葉を放棄するのは難しいことです。私たちの精神的人生は、ひとつの絶え間ない言葉の流れなのです。

 

マハラジ

それはやさしいとか難しいという問題ではない。あなたに選択肢はない。試みるか、試みないか。それはあなたにかかっているのだ。

 

質問者

私は何度も試み、そして失敗してきたのです。

 

マハラジ

もう一度、試みなさい。あなたが試みつづけるなら、何かが起こるだろう。試みなければ、あなたは立ち往生するだけだ。あなたはすべての正しい言葉を知り、聖典を引用し、討論において優秀であるかもしれない。しかしそれでも、ただの薄っぺらな人間のままだ。あるいはあなたは目立たない、謙虚な、取るに足らない人かもしれない。それでも、愛に満ちた優しさと、深い智慧に輝いているかもしれないのだ。

 

 

 

Ω  I AM THAT  Talks with Sri Nisargadatta Maharaj
『アイ・アム・ザット 私は在る』ニサルガダッタ・マハラジとの対話     

『自己同一化からの自由 』 P533より抜粋

 

 

 

 

* ” 私  ” は何処に在るのか、決して変わらないものへの入口

伊東充隆主宰 第1回青空禅塾

8月6日(日) 13時から17時まで

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

ハートにきいてみる。

 

 

映画を見て何かを感じるのも、

絵を見て何かを感じるのも、

どこかのお店の包装紙を見て何かを感じるのも、

同じ地平に並べて面白がれるのが、

よろしいんじゃないかと思います。

 

 

 

と、ベテランの陶芸家がおっしゃいました。

 

私もそう思う。

 

何かがやって来た時、過去の情報や経験、記憶から判断するのが常ですが、ひとまずそれを横に置いて、どう感じるか?を見てみるのもいいかもしれません。

 

楽しい

 

面白い

 

うれしい

 

 

そういう感覚を頼みにしてみる。

 

 

・・・いかがですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ませ!

伊東先生主宰の会は、これからしばらく『青空禅塾』という先生らしい洒落た名称で、今まで以上に明晰、内容濃い場になりそうです。毎月開催はこれまで通り、の予定。

(和サンガや青空禅がお休みになりそうだったから)ー伊東先生のことばをジャーナルにアチコチちりばめまーすと書きましたが、それはひとまず無かったことにして(アハハ)、伊東先生とのライブ対話の場をぜひご一緒しましょう〜♪

 

さて、言葉が差し示しているのは広大無辺!のバーソロミューのメッセージをお届けします。

 

バーソロミューの旅日記〜インド編』より カルパの4日目(p182)より抜粋

 

「みなさん、永遠に幸せに暮らすというのはおとぎ話の世界であって、”大いなるいのち”の最終目的ではありません」と明るく言って微笑んだ。
「昨日の謁見の際、法王が言ったことの中でもっとも大切な言葉は、『わたしだって悩みがあるんですよ』でした。『わたしだって悩みがあるんですよ』と覚醒したダライ・ラマが瞳を輝かせ微笑みを浮かべて言いましたが、そこには自己憐憫もなければ、悩みがあってはいけないという態度もありませんでした。あなた方も法王も、人間は浮き沈みのサイクルから逃れることはできないし、それから逃れる必要もありません。法王はそのことを知っています。

 

昨日の儀式の中で、弟子僧が法王に何か差し出した時、法王がふざけて弟子の頭をポンとたたきましたが、あの素晴らしい瞬間の行為に気づきましたか。人々があんまり深刻なので、法王はにこにこしながら頭をポンとたたいたわけです。 目を覚ませ! あのポンはすばらしい贈り物でした。あの若い僧は手に持っていた物をよく落としませんでしたね。ユーモアの精神と遊び心が発露した見事な瞬間でした。世界中の人たちがビデオであれを見るでしょうが、聖人の概念が変わっていくかもしれませんね。あの自然な行為を通して、ダライ・ラマは賢人がどういう振る舞いをするかという偏見を正しました。法王の中には、自分らしく行動するすこぶる人間らいしい意識とともに、驚くべきパワーに躍動する意識とがあります」。バーソロミューは手を降ろして、水を飲んだ。

 

 

 

*先生はいません、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

 

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

6月17日(土) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

★8月スタート

* ” 私  ” は何処に在るのか、決して変わらないものへの入口

 

伊東充隆主宰  青空禅塾

 

8月5日(土) 13時から17時

お申し込みはこちらから→

 

 

退屈に退屈しない方法。

 

昨夜はだる〜くて早めにベッドに入って、バーソロミューを読んでいました。

 

永遠に幸せであることを信じているのですか??? そんなことはおとぎ話の世界の話であって、あり得ないし、そうである必要もない。

 

というようなことが書いてありました。

(笑)(笑)(笑)

バーソロミューのこういう、バッサリ切り捨て御免!みたいなところが好きです。

 

退屈もね、退屈していることに退屈しなくてもいいんだって。

退屈していることを見ていたら、確かに退屈しませんよね。

 

バーソロミューもラマナもマハラジも伊東先生も(♪)

 

読むたび聴くたび新しい♡

 

 

 

 

ひとつのエゴというものは存在しません。

 

バーソロミューの旅日記(下) 〜インド編〜より カルバの四日目より抜粋P193

 

「・・・エゴも僕の一部なんですか。それとも僕とは別のものですか」と彼は尋ねた。

バーソロミューは後ろに寄りかかって楽な姿勢を取ると、「とっても良い質問ですね。それにはいくつもの答えが考えられます」と言った。「ここではわたしたちの定義を述べるだけにします。エゴとは想念の集合体で、過去の記憶を現在に持ち込む時に生じるものです。過去からとぎれなくつづくひとつのエゴというものは存在しません。けれどもあなた方はまるでそうしたものが存在するかのような生き方をしています。エゴは生まれたり消えたり、たえまなく変化しています。あなた方はこのたえず変化するエゴが自分の人生を支配していると思っていますね。まったくナンセンスですよ。人は休むことなく〈自分〉というアイデンティティを創造しつづけていますが、それは、何か考える対象となるもの、いじくることができるもの〈本当の自分〉とよべるものがほしいからです。ひとは今この瞬間にありのままにいることよりもその方を好みます。・・・

 

 

*先生はいません、ハートを頼みに自分で確かめよう〜

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

 

6月17日(土) 14時頃から16時頃まで

 

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

空に線は書けている?

 

空に線を書いているようなもの

 

分離していると思っているのは、ここからここまで、と空に線を書いているようなもの。

線、書けてます? 書けてませんよねぇ。

分離は、イメージの中にだけ、あるように見なしているだけなんです。

 

と、そんな表現でタクさんは言っていました。