伊東先生の第1回青空禅塾、〜寺子屋。

伊東充隆 青空禅

 

青空禅塾がスタートしました。

 

青空禅フォーラムや和サンガ 東京を継続して開催してきましたので、きっと、新たなこの青空禅塾ってどんな感じなのかな〜と思っていらっしゃる方も多いのではないかと思うのです。

 

内容は、青空禅塾のページでご覧いただくとして、私が感じたことを参加者としてお伝えしようと思います。

 

 

青空禅塾第1回のイメージは、

 

寺子屋!

 

でした。

 

伊東充隆 青空禅

 

伊東先生は、言葉では伝えられない「自己の本質」について、言葉を使って方向を示してくれるのですが、そこには様々な分野、例えば科学や禅や医学などの幅広い知識の中から「それ」をイメージしやすいようにエッセンスが使われます。

 

学問の情報ではなくあくまでもエッセンス。知識や言葉そのものをひとつひとつ正確に理解するためではなく、そこへ向かうツールとしてエッセンスを使うんです。その元の知識がとても幅広い。

 

伊東充隆 青空禅

 

参加者はそれぞれにピンと来るツール、ポイントが違うから、伊東先生の守備範囲の広い講義の内容は参加者にとって可能性に満ちているのです。どれか、いつか、誰かに、ある時、なるほど! とピッタリ来る。

 

そして、先生がある人の質問に対して応える時、その人が何かをうっすらとでもつかめるように、これでピンと来なかったら、こういうのはどうですか? と、手応えがあるかどうかを確かめながら丁寧に対話してくださるのです。その対話は、ひたすら親切で、真我への情熱と求める人への愛情が感じられる光景です。

 

第1回ではそれが、 とっても 寺子屋的 だったのです。

 

それまでヒーリングや心理学などを勉強したり、非二元の本を沢山読んだり、いろいろな先生の講座やワークショップに参加して来た人も、伊東先生の元でずっと学んで来た人も、ここ青空禅塾では受け身で教わるのではなく、そこまでの自分の知識や理解を携えて、それを投げかけて先生と密に、ある意味では対等に対話をしながら自ずから盲点を発見したり、その対話を聴いているうちに新たに気づくきっかけがあったりすると思います。

 

伊東充隆 青空禅

 

さて、ちょっと自分のこと。

前半で先生から「・・・さてなぜ私はこの探求を続けているのか? 話し合ってみてください」と言われた時、答えはわかり切っているはずのこの質問に、私はすごーく単純だけど、ものすごーくホッとした言葉が口から出てきました。ぽかん、とするような言葉でした。

 

なぜ、真理の探求をしてきたの?

 

 

さびしかったから。

 

 

・・・

 

こんなシンプルなことだったんだぁ。
なぁんだそんなこと?って思われるかもしれないけどね、素直そのものでこれ以上もこれ以下もないこの言葉が出てきたのです、勝手に。そうか、真理の探究とかって難しそうなこと言ってたけど、さびしさか・・・。へぇ〜って愛おしくなりました。ようやく芯に届いた気がしました。それも、何もせず、ふいに。

 

だからね、青空禅塾は先生から教わるばかりの場ではないのだと思うのですよ。

こんな風に、それぞれに自ずから何かが沸き上がって来たり、ポロリと落ちたり・・・創造の場、無のゆらぎ。

意図しないのに、気づいたら、っていうところ。

 

伊東先生は先生なんだけど同時に先生ではなく、確かにいるけど同時に、いないでいてくれる。

 

次回はぜひご一緒に。

来月9月は、2日(土)開催です。

 

 

 

 

* ” 私  ” は何処に在るのか、決して変わらないものへの入口

 

伊東充隆主宰 第2回青空禅塾

9月2日(土) 13時から17時まで

 

お申し込みは青空禅塾参加と書いて、こちらからどうぞ→

 

 

 

 

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