中尾陽一先生、4月は『ボナールとナビ派』!

ナビ派中尾流

プロトマニアのアートレクチャー、中尾先生から次回のご案内が届きました。

先生は忙しい中、いつもこうして次回の内容を丁寧にテキストにして送ってくださるのです。運営者としてはありがたい限りです〜♡

4月のテーマ、ナビ派は幸運にもただいま丸の内の三菱一号館美術館で展覧会開催中。生の題材、実物の作品を見てレクチャーに臨むもよし、中尾流のアプローチでナビ派がどんなものかを知ってから、展覧会に行くもよし。フランスはオルセー美術館からやって来た作品の数々を、これまで誰も教えてくれなかった角度から楽しんで下さいね! お待ちしています。

 

アートは楽し♪ Love Art !

 

 

 

ボナール「庭の女性たち」 1890-91年

 

♪〜♪〜♪

第36回《〜これまで誰も教えてくれなかった〜『絵画鑑賞入門講座』》

 

ボナールとナビ派

 

毎月1回開催のアート・レクチャーですが、次回はついに36回目になります。ということはまるまる3年やってきたわけですね。私としても大変感慨深いものがあります。そして3年前の初回から参加されて、この3年間皆勤賞に近い方が何人もいらっしゃいます。ほんとうにありがたく思います。今後、皆様とともに、ますます面白く刺激的な講座にして行きたいと決意を新たにしております。

前回の《シャセリオー》の講座内容が、プロトマニアのHPにライブ感たっぷりに楽しく紹介されています。よろしければ、ご高覧下さい。

 

https://protomania3.wordpress.com/2017/03/28/シャセリオー!〜中尾陽一先生の絵画鑑賞入門講/

 

さて、記念すべき第36回は《ボナールとナビ派》をとりあげます。

折しも、東京丸の内の三菱一号館美術館では《オルセーのナビ派展》が開催中です。ところで、この展覧会は『本邦初のナビ派展』だそうです。私はナビ派展というのは過去何度も開催されていたように思っていましたが、初回だったとは!!!

そう言えば、私の中でナビ派の展覧会として記憶に残っているのは、『ゴーギャンとナビ派の仲間たち』とか『ゴーギャンとル・プルデュの画家たち展』とか『ゴーギャンとポン=タヴァン派展』だったような・・・要するにゴーギャンを冠にした展覧会でした。納得です!やっぱりゴーギャンはインパクトが強くて訴求力がありますものね。実際、今回のナビ派展でも展覧会の冒頭を飾るのはゴーギャンの有名な《黄色いキリスト》です。

では、私がなぜ今回のレクチャータイトルを《ゴーギャンとナビ派》ではなく、《ボナールとナビ派》にしたか?それは、《ゴーギャンとナビ派》ではどうしても個性の強い巨星ゴーギャンが主役になって、ナビ派がすっ飛んでしまうからです。ナビの始まりはゴーギャンにあったかもしれませんが、ナビ派を理解するにはゴーギャンの軛を取っ払った方がいいと考えたわけです。とは言え、《ナビ派》だけでは作品のイメージがわきにくいのでナビ派の中で最もナビらしく最もポピュラーなボナールを強調した次第です。

ナビ派を鑑賞する際のキーワードにアンチーム(仏語、intime:親密感のある)という言葉がよく使われます。ナビ派の絵の主題は家族やありふれた日常の情景など身近なものが多く、画面からも何ともいえない親近感が漂ってきます。これを形容して「アンチームな」と言いますが、この穏やかなアンチームな雰囲気の中に、平面性だとか装飾性だとかの絵画の革新性が微妙に織り込まれているのがナビ派の特徴です。

このナビ派の穏やかな革新性を実感していただくのが次回《ボナールとナビ派》の目標です。みなさん、ふるってご参加ください!

 

※ この講座は絵の知識を競うものではありません。絵を見る力を養うための講座です。

※ いわゆる美術史の流れを知らなくても、その場で向き合った絵をどう見るか、

そしてそれをどう自分の言葉にするかを「わいわいがやがや」の寺子屋スタイル

で学びます。 お気軽にご参加ください。

 

マイヨール「女性の横顔」 1896年

 

*美術のことを知っていても知らなくても楽しい!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第36回 ボナールとナビ派

4月23日(日)13時から15時30分

お申し込みはこちらから→

 

 

 

 

” 問題は私たちが向ける注意からできているのです。”

 

スクリーンが全ての映像に浸透するように、私たちの自己はすべての体験に浸透します。ですが実際のところ、スクリーンは映像に浸透しません。スクリーンがなければ、そこには映像もないのです。

 

「映像」は、スクリーンがそれ以外の何かに見えたとき、それに与えられる名前です。これと同じで、「部分」、「分離」、「個人」、「対象物」、「他者」は、体験が、私たちの自己、気づいている現存(プレザンス)、純粋な親密さ以外の何かであるように見えたとき、それに与えられる名前です。

 

私たちの真の自己にはそのような分離は見えませんから、分離の感覚を取り除きたいとも思いません。問題を見て、それを取り除きたいと考えるのは誰でしょう?それは架空の自己です。

 

中庸の状態を解決されるべき問題へと変えるのは、架空の自己という見せかけの現存(プレザンス)です。

 

存在しない問題に対応することなど不可能です。対応することで、私たちはそれを現実として受け止めます。問題は、私たちが注意を向けることによって育ちます。実際、問題は私たちが向ける注意からできているのです。

 

存在するものに抵抗し、存在しないものを求めることがなくなると、つまり分離した自己という活動がなくなると、つなぎ目のない要素として現状はシンプルに存在し、体や心(マインド)に必要とされることは何であれ、全体のための全体によって調整されるようになります。

 

緊急事態があれば、体や心(マインド)はエネルギーを使って対応しなければならないでしょう。しかし、そこに架空の自己はいないので、結果、これまで体験がそれを通して見られていた分離という歪んだレンズを用いて対応することはなくなります。

 

こうした状況では、体と心(マインド)はその状況で果たすべき役割を果たし、必要とされることは何であれ、効率よく、正確に行います。緊急事態が過ぎ去れば、体と心(マインド)はいかなる余韻や痕跡も残さずに、開かれた、透明で、リラックスした自然の状態に戻ります。

 

こうして体と心(マインド)は、分離という感覚の逃げ場にならず、その自然な繊細さは無傷のままに保たれます。

 

同じように、世界もまた、遠く離れ、分離した、不活性の対象物であることをやめます。世界は振動し、活力に満ち、親密で、私たちの活動は常にそれと軌を一にします。なぜなら、私たちの活動は世界の内部で発生し、架空の外部から押しつけられてはいないからです。

 

ルパート・スパイラ著「プレザンス 安らぎと幸福の技術」第1巻
Part 6 体験 問題はない P279 より抜粋

 

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

お申し込みはこちらから→

 

 

ただ充ち満ちる。

 

春になるとね、笑えない人たちがやって来るのです。

ちょっと不思議な人だったり、ちょっと迷惑なひとだったり。ギャラリーとかお店って、『来る者、拒めず』なところがあるからね。

で、ちょっと困ったなぁって顔をすると、「オレは客だよ〜!」なんて言う輩もいて、でもそんな時はキリッとしたエネルギーで「それで?  何かご用ですか?」とお返しすることもあります。女は度胸。

 

 

でも春は好きです。

この数年、この季節に起こった痛い思い出が甦るのが嫌で怯えていたけど、やっぱり春は好きです。お花がきれいだし、空も穏やかだし。

 

伊東先生が以前、「ただ幸せでいてごらん」プロジェクトをやっていたけど、これは理由もなく、なぜ?も問わず、充ち満ちていることに気づくのです。先生、素敵なこと言うなぁって当時思ったけれど、あれから数年、同じ「ただ幸せでいてごらん」がこの瞬間生き生きと新しい。

 

シアワセを求めちゃうということ自体が、この瞬間の不足を意味していることに気づいた? 春、どんな出来事が来ても、どんな感情が湧いても、どうぞいらっしゃいまし〜、とただこのまま、ありのまま。ふわぁ〜っとひとつ息をついて、慌てない慌てない、大丈夫大丈夫。

 

・・・でも、クルクル話が長くてしつこいオジサンは、ご勘弁、ですよね。

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

お申し込みはこちらから→

 

 

 

シャセリオー!〜中尾陽一先生の絵画鑑賞入門講座。

日曜日は、中尾陽一さんの「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座」でした。雨降りの寒い日曜日、美術鑑賞っていいものです。

 

今回の画家は、ただいま上野の国立西洋美術館で開催中「シャセリオー展」のテオドール・シャセリオー。しつこいようですが、この画家は日本ではちっとも知られていません。19世紀の画家です。この中尾さん講座の予告反応では、知られざる画家への皆さんの期待度がけっこう高かったような気がします。まずは絵がどことなく魅力的だしね。

カバリュス嬢の肖像(1848年)

 

中尾流の素敵なところは、美術史を知らなくても、絵をたった今見たばかりでも、何か感じること印象などを言葉にしたり、分析してみたりするところ、そしてそれが誰でも思わずできちゃうところ。

 

とはいえ、ちゃんと美術史的な流れや位置も押さえます。シャセリオーの先生は、新古典主義の画家、アングルです。そんな流れから、シャセリオーは、新古典主義に次ぐ「ロマン主義の異才」と展覧会パンフレットのキャッチコピーにあります。

 

 

「これ、有名ですよね。」

 

アングルの「泉」 これが新古典主義。

 

シャセリオーは、この絵の先生門下に入りました。なんと11歳にして!・・・ということは、かなりの才能、技量があったということですね。

 

 

「これは16歳の時に描いた自画像です」

 

シャセリオー自画像

 

まずは、新古典主義とロマン主義の代表的な画家たちの作品をスライドで見ながら、その作風の違いを検討していきます。新古典主義の代表がアングルだとするとロマン主義は、ドラクロワ。

 

 

これがドラクロワ。「サルダナバールの死」。絵の中にいっぱいドラマが描かれていて画面から激情が伝わってくるようです。うねうねしていまねぇ。(ちなみに上方でなんとなくエラそうに横たわっているのが王様、サルダナバールです。これから死ぬにあたって、自分が寵愛したものをみ〜んな道連れにして処分する!ところ。自分が愛でたものを敵に渡してなるものか〜ということですね。わかるようなわからないような・・・汗)

 

「シャセリオーは、新古典主義的な安定感のある画風から、画業後半は(といっても37歳でこの世を去るので、夭逝の画家ですね)ロマン主義的なザワザワ感が現れます。」

 

この「ザワザワ感」という表現は、参加者の方から出た感想で、なるほどです。でも、ちょっとわかるようなわからないような?、かもしれませんね。つまり、新古典主義では、絵はある種の理想に沿って均整の取れた輪郭線で描くことが大切で、安定感を感じます。そして普遍的な美を描く。ひと言で言うと、かたい。でも、ロマン主義は内なる衝動に突き動かされるように描く。形式よりも自分が感じたことを筆にのせ、その場の空気まで伝える。不安感すら呼び起こすのです。リアル、それがザワザワ。つまり、現実を理想化せずとらえ、小綺麗におさまらない躍動感があるのです。

 

 

シャセリオーは、アングル先生の新古典主義的端整さを受け継ぎながら、それではおさまらずにロマン主義的要素を孕み、後の画家たちに繋いでいった存在とも言えるでしょう。

 

「若いうちから成熟した大人の文学者たちと交流し、影響を受けた。技量があるシャセリオーは、文学が題材にするような人間の本質的な情動をも描くことができるのだけれど、それは本人の内的衝動からではない。それ故に少し弱い。その弱さ、繊細さが魅力でもある。」

 

 

「この二つの横たわる裸婦、どうですか?」

 

シャセリオー左、現実味といえば写実主義のクールベ右。

 

クールベは、美化せず現実感いっぱいに裸婦を描いていますねぇ(この脚の角度、ちょっと気取らなさすぎ?笑)。繊細なシャセリオーは、裸婦を神話的要素にのっとって描いています。シャセリオーもちょっと現実的にニンフの脇の下に毛を描いているのですが(モデルが自分の彼女だったから「オレ様のカノジョ印」らしい)、比べるとどことなくお上品でソフトですよね。

 

この情感豊かなところがシャセリオーの魅力のひとつなんでしょうね〜

 

中尾先生の講義は白熱して、皆さんとの対話が尽きませんでした。これから展覧会に行く方にも、既に見て来て受講された方にも、内容が濃くて熱い中尾流でした。

 

中尾さんはいつもと変わらず、パソコンとちょびっと格闘しながら「あれ?」とか「おっ!」とかつぶやきながらクマさんっぷりを発揮。この中尾先生のテンポというか「間」が、どんな時も全体をゆったり楽しくしていると感じます。

 

本日のオヤツは、

こんな和菓子。抹茶と桜。集中した脳には糖分を。甘いものとお茶で一息。

これがプロトマニアの流儀です。

 

 

アート大好き♡

次回は、これまた丸の内の三菱一号館美術館で開催しているナビ派を取り上げます。お楽しみに!

 

 

*美術のことを知っていても知らなくても楽しい!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第36回 ボナールとナビ派

4月23日(日)13時から15時30分

お申し込みはこちらから→

 

 

中尾さんの美術の流儀〜誰も教えてくれなかった!

 

明後日の日曜日は、中尾陽一先生の絵画鑑賞入門講座です。

今回は、上野の国立西洋美術館で展らかい開催中の画家「シャセリオー」がテーマ。見てから聴くもよし、聴いてから行くもよしの中尾流。

 

最近、いつも来て下さる方からの参加メールに、

 

「中尾組、参加します」

 

と書いてあって、クスッと笑ってしまいました。

 

中尾組、と言って下さるには、このレクチャーへの親しみとリラックス感があればこそ。ワイワイガヤガヤ、意見が飛び交う寺子屋レクチャーにぴったりな音の響き。ありがとうございます。

 

中尾さんのレクチャーは、いつから参加して聴いても大丈夫な内容で、美術のことを知らない方が初めていらしても楽しく聴いて見て発言できるのです。

それは先生の講義の進め方の巧さでもあるし、中尾さんならではのムードのおかげだと思います。このムードというものは、理屈じゃないところなのでコントロールはできないのです。それがみなさんを居心地良く楽しませているというのは、中尾マジックかな。

 

中尾さんとは、この連続講座以外にも単発のオモシロい何かを考え中。

美術と共に人生を歩んで来た中尾さんと、不肖ながらワタクシも、皆さんに美の魅力をいろいろなカタチ、スタイルで少しでもお伝えできたらと思っています。

 

明後日、3月26日(日)13時から15時30分までやります。

ぜひ遊びにいらしてくださいね! お申し込み、お待ちしております。

 

カバリュス嬢の肖像 1848年 油彩・カンヴァス

 

 

*美術のことを知らなくても楽しい!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第35回 シャセリオー

3月26日(日)13時から15時30分

お申し込みはこちらから→

 

 

 

ゆっくりも必死も、あわてないあわてない。

 

顔立ちだけのことではなくて、佇まいが白いお花が咲いたような女性をきれいだなぁと思うのですが、そういうひとは、たおやかで雰囲気がたっぷりゆったりしています。

 

仕事中の会話。

 

「あの先生のところには何十年と長く通っている人が多いんです。先生が、なんていうかゆったりしているっていうか・・・つまり、生活がかかってないから(笑)ガチガチじゃなくて、行きやすいんですよ」

 

ふぅん、なるほど・・・

 

 

なにごとも、あまりきゅうきゅうと詰め詰めなのは、ちょっとシンドイですね。

でも、そんな必死さも必要なことがあるし、ゆったりしようって言ったって、意識しちゃうとかえってゆったりなんてできないものですから。

 

 

あわてない、あわてない、一休み一休み。

 

 

 

*美術のことを知らなくても楽しい!〜

中尾陽一主宰 これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座

第35回 シャセリオー

3月26日(日)13時から15時30分

お申し込みはこちらから→

 

 

*先生のいない、読書会〜

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

4月22日(土) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

お申し込みはこちらから→

 

 

 

 

 

ふわふわふわっと、空のお茶会やりました。

 

空のお茶会、第二回目をやりました。

少し参加人数が増えて、トピックスも具体的になっていろいろな視点から話が弾み、楽しかった。

最初に音読する「バーソロミュー」は、音だけで入って来くると思わぬフレーズが頭の中で鳴り響き、発見があります。その「音だけ」と、字を目で追うという当り前の行為の違いが新鮮。

目から入る情報を処理することは習慣化しているので、入った瞬間に概念もくっついて言葉とセットになっています。認識した時点で、もう先入観かも(笑)

 

なにせ先生がいないものだから、誰かが質問をしたら、みんながう〜んと考えて、誰かがポロッと何か言って、それにまた違う人が応えて・・・という具合です。

ここは1つの答えに向かって進むのが目的ではないので、そういう広がり方がいいんじゃないかなと思います。

 

最初に空のお茶会のことに誘った友だちが、素敵なことを言ってくれました。

 

空のお茶会は、フラワーオブライフ、のイメージで。

 

と。輪が閉じて1つになるのではなく、広がり広がり重なって開いていく。

ふわふわふわっと。

 

最初にからだをゆるめるストレッチをしたり、呼吸の時間を作ったりしています。その日の人数やお天気を見て、簡単にできる手のひらマッサージもやる予定。まずは心身リセット。静かに静かにふぅ〜と息をはいて力を抜きましょう。

 

バーソロミューは、スピリチュアルを否定せず、大きく包みながら「決して変わらないもの」へと誘います。ユーモアと慈愛をもって。

 

そんな、空のお茶会です。モノは試しに、一度遊びに来て下さいね〜

 

 

 

*先生のいない、読書会

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

4月22日(土) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

お申し込みはこちらから→

 

 

ひとりひとりで、みんなとね〜空のお茶会、今日♪

 

私の母は少し変わった人でお母さんらしいお母さんというイメージからはちょとばかり遠い人です。そんなものだから小学生だった私の友だちにむかって「これについてあなたはどう思う?」とかって、大人に問うみたいに子どもに尋ねたりしていたらしい(あとからその幼なじみが教えてくれたのですけど)。

 

そんな母が歳をとって、いろいろなことが出来なくなっている今、少しずつ、そっと私に頼ったり甘えたりするようになりました。あの母が!!…でもあるのですが、母から『甘えていいのだ』ということを両手で受け取った気がします。

 

子どもの頃から習い事をして来たせいか、先生に対するリスペクトが無意識に働くところがあって、お金を出して教えていただいていても、けっして「お金を出しているんだからちゃんと教えろよな〜」みたい気持ちにはならない。でも最近、それも1つのこだわりなんだなぁと気づきました。

 

リスペクトとは「全てへのリスペクト」しかありません。

 

 

あることを知る、身につけるためには先生は必要なのです。頼ったり、ちょっと甘えさせてもらうことがあっていいと思います。でも、本当に知りたい身につけたいときには、自分で立つしかありません。私がずっと求めていた「本質」についてもそうです。

 

そんなのわかっているけど…と言い続けて先延ばしにして、教えてくれる人とのクローズした関係性を作ってぬくぬくしていてもいいけど、そこが真剣さを問うところ、大切なところ。もちろん、先生そのものがどうこうって話じゃありませんよ。先生はそういう役目の人たちだから必要でいてくれるのです。大切なのは、こちらの姿勢、在り方なのだとあらためて感じています。全ての責任、言い換えれば主導権、は自分にあります。

 

 

前にもちょっとご紹介したことのある  Taku さんのブログで、このことに関してど真ん中の記事がアップされていました。Taku さんは、独特のユーモアを交えて真理についてお話してくれるので、よかったら読んでみて下さいね。過剰な期待もさせないし、美しく聖なる言葉もなく、ひたすらに軽やかです。このセンスは抜群だからぜひ、笑いながらね〜!

 

 

Taku さんが書いていたけれど、素晴らしい先生〜と感じるということは、自分の中にそこに共鳴する素晴らしさがちゃんとあるからなんですって。ね、ス・テ・キ♡

 

親鳥のように時に優しく抱き与え、時に冷たくあっさりと手を離して(笑)知らん顔して微笑んでそこにいてくれる、すべての先生たちに感謝♪

 

今日は、先生のいない「空のお茶会」です。

ひとりひとりで、みんなとね!

 

*先生のいない、読書会

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

3月19日(日) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

お申し込みはこちらから→

 

青空禅フォーラム4月は、29日(土祝)です

 

青空禅フォーラム、東京の開催は、4月29日(土祝)です。

 

この青空禅で伊東充隆先生がお伝えしている青空意識、つまり自己の本質、真我とは何か、非二元のお話、は、一所懸命それを探究しているとつい真剣を通り超えて深刻になったりします。厳かで特別なこと!をイメージして重厚なムードになりながら、まっすぐまっすぐ行こうとしていたりします。

 

でもこのことを知りた〜い、理解したいと学ぶ時には、ある種のユーモアが大切なんじゃないかな。師と弟子とか覚者とフツウの自分のような関係性にハマり込んだままだと、その中でどんどん神聖で重々しくウヤウヤシい何か、遠いどこかへ向かってしまったりしがち。

 

伊東先生がおっしゃっていました。真我とは本来、軽やか。

そう軽〜く思っていた方が良いのかもしれません。

 

青空禅は、真剣だけれども余計な緊張感がないフォーラムです。

もし、非二元のお話を本で読んだりいろんな先生のお話を聴いていて、そうは言っても…そ、そうなんですかぁ???、と感じていらっしゃるなら、青空禅の雰囲気を味わってみてくださいね。知識という情報をどんどん増やすよりも、ただそこに居てみるというとても単純、シンプル、明快なことで、ふと視界が開けるかもしれません。

 

(…おいしいオヤツとお茶もありますよ♪)

 

i Medic & Art 伊東充隆

 

 

*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰  青空禅フォーラム  Tokyo

4月29日(土祝) 14時から16時

 

お申し込みはこちらから→

 

 

*先生のいない、読書会

空のお茶会〜バーソロミューと共に。

3月19日(日) 14時頃から16時頃まで

参加費は2000円(お茶とおやつ付き)

 

 

とっこさんと弥生の身体と心を学びました

とっこさんの「季節ごとの心身調和のための学び」,第1回を開催しました。

自分が主催していて言っちゃいますが、

すご〜〜〜く、クオリティの高い講座になりました。

私、身体のことにはちょいとうるさいのです。そんな私が、このとっこさん講座の素晴らしさを自信を持ってお伝えします。これからの展開が楽しみだな〜♪

 

今日も準備万端。

 

最初はボディーチェック。みなさんのからだを専門家とっこさんが見て、今そのままの状態をお伝えし、改善のためのアドバイスをしてくれます。まずは自分のからだを知らないとね。

 

チェックすべき身体の部位について説明。自分のからだって知っているようでよくわかっていません。触る、もむ、押す、さする…を習慣にしよう。

 

 

こんな風に、

 

 

骨盤の傾きをチェック、

 

仙骨の様子、しっぽはどっち向いているかな?(笑)

引っ張られた結果、筋肉はどっちにねじれるかな?

 

からだの説明は実際に人の身体を見ながらだととても分かりやすい。
全員が全員の学びのための具体例になって、お互いさまで、ありがとう、です。

 

弥生(春)のからだは、冬の間に貯めたエネルギーを放出しようとするのです。季節ごとに身体は動き、変化するのです。春の骨盤は弛んでバランスを調整しようとするので、心身共に安定しないのがこの季節。日本では新学期、新年度が始まって新しい環境にチャレンジする時期ですが、本当は新しいことを始めるのには向いていない。じっとしてぼーっとしていたい心身なのですが、社会のしくみで致し方ない。そんな時は、からだや心の変調に慌てず焦らず、なんとかしようとせずに、ゆっくりそれを受け入れましょう。「笑いながら秋を迎えよう!ぐらいでオーケーです」と、とっこさん。

 

休憩をとりながらの2時間講座ですが、みなさんとても熱心でお休み時間も先生に質問いっぱいでした。

 

後半はいよいよからだを動かします。セルフマッサージや呼吸法を学びました。

 

 

足つぼとマッサージ。指をよくひらいてね。

 

 

とっこさんの話術は軽快でユーモアたっぷり。だから楽しく時間が過ぎていきますが、実は伝えられることの内容が濃くてクオリティがとても高いのです。あまり身体を動かしたことがない方達には楽しく分かりやすく、そしてインストラクターなど身体のことを知っていればいるほど、伝え方の巧さを感じられると思います。

 

とっこさんは、一所懸命にみんなに「自分のプロになろう」ということを伝えています。心だけでなく、身体だけでもなくのアプローチが、さすが哲学カフェ主宰の哲学の徒とっこさんです。

からだは素直でさまざまなことを伝えてくれているのです。とっこさんの講座は、笑いながら、驚きながら、身体の声に耳を傾ける時間です。

 

次回は6月開催。

自分の身体を知ることの大切さ、心地よさ、ぜひ皆さんに体験していただきたいと思います。

お申し込みはお早めにどうぞ〜

 

*からだとこころはつながっている〜

とっこさんの『季節ごとの心身調和のための学び〜水無月の身体と心を学ぶ』

6月18日(日) 14時から16時

お申し込みはこちらからどうぞ→