快晴の元旦、青空に。

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我が家は元旦が父の命日なんです。

命日がお正月だと、滅多なことでは忘れません。

 

もう一昔前ですが、40代初めの秋のある日、

急に父から膵臓がんで余命3ヶ月であると告げられ、

そのときから彼はたった2ヶ月足らずのうちに逝ってしまったのでした。

大雪の大晦日の夜中彼の側にいて、サラバの瞬間は翌日、元旦お午でした。

ちょうど今年のような、キラキラした光の快晴の元旦でした。

 

快晴で思い出したのは、そのあわわわわ〜っという時期に力になってくれたのが、

そ〜いえばそういえば(笑)、青空禅フォーラムの伊東先生なんです。

私の大の仲良しが先生の友人で、私には友人の友人だったせんせい。

『ドクターの伊東先生』という認識のないままただお知り合いでしたが、

あの時、代替医療のお医者である伊東先生からアドバイスして頂いたあれこれで、

父は痛みもないまま、本人的に「美学」を全うし、

この世界と見事なサヨナラをしたのでした。

 

先生は父の病状に望みが全くないことは分かっていたけれど、

本人が出来る限り楽にいられて、それを見守るしかない家族にできることを、

私の仲良しと共にサラッと提供してくださったのでした。

毎日が真剣勝負みたいに必死で濃密な短期間でした。

 

 

元旦の快晴の空と透明感でふと思い出して、あらためて、

あぁ、本当にあれはありがたかったなぁ、と思いました。

父はサルトルや西田幾多郎LOVEの怠けもの哲学者で、私の良き友でした。

自分なりの美学で終わりを迎えようとしていた父と過ごした、

生涯忘れられない、とてもとても凝縮された体験だったのでした。

 

…    サルトル?   西田幾多郎?

そうなんです、父は真理を求めて一生をかけていたのです…

という描写はカッコ良すぎ。

〜ウハハハハ〜    父も苦笑しているわ  〜

 

そんなドラマティックなお話はなく、因果はないまま、

なんだか知らないけど自分は伊東先生の元で真我に触れ、

こうして父もみんなも自分も全員が、どこかでいつか本質を求めちゃう、

求めていた、求めている、わけですね。

 

久しぶりに父を身近に感じてみると、

 

 

あ せ る な

 

 

ということばが聴こえました。

全てのことはメッセージ。

伊東先生から学んだこれまでが、ふわりとゆっくり花開く予感の新年です。

 

 

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*自己の本質を知り、意識の軸を変容する〜

伊東充隆主宰   

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