重要なのは今しかない

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この瞬間の真っ只中で、脅かされた自分のイメージを慌てて守ろうとせずに、今現れているすべてのものが深く受容されている境地を見つけることができるだろうか? この瞬間を、深い受容への一つの壮大な誘いとしてただ見ることができるだろうか? 愛されていないと感じる気持ち、私のことについて相手に言われた内容が正しいかもしれないという可能性、相手に拒否されるのではないかという恐怖、もう二人の関係は終わりで相手が去って行くのではないかという恐怖でさえ、すべてこの瞬間に、ただここにあっても構わないだろうか? 胸の苦しさ、例えるならみぞおちにパンチを食らったような感じ、喉が締めつけられるような感覚、あなたの全世界が一時的に崩れ落ちるような気持ち、そういった体験のすべてをこの瞬間に深く許すことができるだろうか? 明日許そうと考えるのではなくて、昨日許せたかどうかを考えるのではなくて、今許せるだろうか? 重要なのはしかないのだ。
たとえ、あなたが私とても挑戦的なことを言ったとしても、たとえ私が深く傷ついたり、侮辱された、拒絶された、愛されていないと感じたとしても、私はそういった感情の真っ只中で、最も深い受容に気づくことができるだろうか? あなたのいる前で私が傷ついたと感じ、痛みを感じ、悲しみを感じ、怒りを感じ、愛されていないと感じ、心細さと無力さを感じるのを、ほんの少しの間ただ許し、それをそっとしておくことが私にできるだろうか? ほんの少しの間、その傷ついた心を完全に自分の中に招き入れることを許せるだろうか? 傷ついた心がすでに許されている境地を見つけられるだろうか?
 傷ついた心を招き入れることがどんなに常識に反していて、どんなにエゴによる自尊心を脅かすものであっても、その傷を十分に感じることを許すとき、私たちは傷ついている状態に終わりを告げる。言い換えると、深く受容されている傷ついた心が「傷ついた人」は私であるというストーリーを打ち壊すのだ。

 

 

 

『もっとも深いところで、すでに受け容れられている ー普段の生活の中で根本的に目覚める』   愛、人間関係、そして徹底的な正直さ より P301-303    ジェフ・フォスター著 

 

 

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