青空禅フォーラム は、9/22(木祝)です

青空禅フォーラム

台風がやって来る!かな?とヒヤヒヤしましたね、関東圏。

今日は湿気がなくて、風が気持ちいい〜

風はいろんなものを動かしてくれるのね。

 

さて、伊東先生の青空禅フォーラムは9月22日(木祝)開催  です。

毎回、参加される方たちは、いろいろなルートで伊東先生を知り、

東京で青空禅という会が開かれていることを見つけてお申し込みして下さいます。

それまでに、哲学、宗教、自己啓発…様々なジャンルの本を読んでいたり、

非二元のティーチャーや瞑想ワークの先生たち、セラピストたちの会に行ったり、

雑誌の記事で伊東先生を知ったり…

 

でも、なんだか知らないけどここに辿り着いて、出会うんです。

 

私も、なぜこんなに一所懸命、やっているんだろうか?と、

空を見上げて不思議に思う瞬間がありますが、

なんだか知らないけど、そうなっています。

 

もっともっと宣伝やプロモーションが巧くて今風にスマートな、いわゆる、

『やり手(フフン!)』だったら、本当は伊東先生にはよかったのだけど、

残念ながら、申し訳ないことに(汗)、何ごともコツコツいくタイプなもので、

毎回のお誘いは、ホントに地道にやっております。

そして、参加して下さった方が「こんな先生がいる」「こんなお話会がある」と、

ブログに書いたり、おともだちに話して下さるおかげで、

新しい出会いがまた、生まれるのです。

すごく原始的なようですが、これが実は、

毎回の雰囲気の心地よさや安心感、無理のなさ、嘘っぽさのなさ、

を生んでいるのかなぁと思います。

誰が、どうやったから、って

 

関係ないのだ

 

へへへ。

先生と皆さんと、その先にいる誰かさんと、全体のおかげで、

こんなオモシロい真理に触れる場があることに、コウベを垂れる。

 

伊東先生って、なんとなくお育ちが良さそうで、(あら〜♪)

でも反骨精神の激しさみたいなのがありますね(デストロイヤー★)

 

 

という感想をいただきましたが、

現れとソレは、全く関係ないそうですが、

この世界は色とりどりであれもあってこれもあって、

不満も不足もない。

素晴らしい。

 

青空禅も素晴らしいよ、一度、来て下さい。

ホントに。

IMG_4371

 

9月青空禅フォーラムはこちらから →

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は曖昧で危ういのだ

FullSizeRender-346

中尾陽一さんの美術鑑賞入門講座、やりました。

フェルメール。

 

みんなきっと見たことあるかもしれない青いターバンを巻いた、

1665-66頃 真珠の耳飾りの少女 46.5x40

真珠の耳飾りの少女。

 

 

中尾さんは、フェルメールが見たらしいカメラオブスクラ、という

カメラの原型を作って来てくれました。

 

DSCN2556

 

一つの穴から入った光で、向こう側には光の側にある風景が逆さまに投影される、

というしろもの。

 

 

写った画像は、ぼんやりしていてソフトフォーカスです。

目を風景に向ければ、そこにはクッキリハッキリ2つの視線が結んだ像が見える。

でも投影された世界はぼんやりふんわりしている。

そして光が粒子みたいにつぶつぶと見える。

 

 

見えているものの曖昧さ。

確かに見えていると信じていること自体の危うさ。

 

中尾先生、すばらしい。

 

DSCN2582

 

プロトマニアのFacebook

 →第28回これまで誰も教えてくれなかった絵画鑑賞入門講座

 

プロトマニア最年少記録 ♪〜

IMG_4367

 

このところのお天気はなんだか激しいですね〜

今日は太陽の光がスペインの午後〜♪みたい。

 

プロトマニアは、8月最後の日曜日、

中尾さんの『これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座』です。

フェルメールの第3回目。

今回は、プロトマニアで最年少12歳小学生、参加予定です!

おかあさんといっしょ。

夏休みの課題が「フェルメールのカメラオブスクーラ(暗箱)」とのこと(汗)。

 

小学生の感性も80代の感性も混じり合って、どんな中尾流になるか楽しみです。

これぞ都会の寺子屋!

 

そして9月へ。

 

IMG_4368

 

フクロウは闇を見る

FullSizeRender-345

 

ど、ども!

 

歩いていたら、こんなヒト、見つけました。(ヒトじゃないけど)

森の中ではありません、住宅街のある邸宅前にて。

何かを排出するパイプの上にチョコンとのっています。

 

こんな遊び心とゆとりが、たいせつたいせつ。

 

IMG_4360

フウロウは知恵の神様。暗闇をも見通すのです。

 

 

ふたりが出会うまでの時間

IMG_4353

 

 

 

ふたりが出会うまでの時間  =  二人の間の距離  ÷  速さ

 

 

という方程式を、バスの中で前に座っている小学生が勉強していました。

小学生と一緒に頭の中でリフレインして、憶えてしまいました。

なんで???

 

 

 

この世は分からないことばかり。

??????????????

 

 

 

IMG_4357

朝の虹色、小さな彩雲

 

自分の闇を見る

IMG_4310

台風。

風はびゅーびゅー、雨はざんざか。

 

自分の中の闇を見る。

天使のように清らかなばかりではない。

正論を盾にすれば高揚するが、虚しい。

美しいものと醜いもの、狡猾さと透明さ、豊かさと怖れと飢餓感 、嘘と真実…

 

IMG_4296

 

ずっと疑うこともなく信じていて習慣となった温かさ、愛情深さ、誠実さには、

すがらない。

その奥に在る瞬間性をこそ信頼して、静かにして、ただ明らかに見る。

 

正直に正直に丁寧に。

静かに。

静かに。

 

IMG_4297

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンと来〜い

FullSizeRender-342

 

『目の前にあるものは、投影です。』

え〜! 目の前の状況や人と自分が同じ???

それが自分にもあるっていこと???

と実はけっこう慌てていたけれど、

そこで問うのは、そうではなく、

 

目の前にあるもののいったい何に自分が引っかかっているのか?

 

それを見る。

すると、自分の中の囚われ、信念、が浮かび上がって来る。

 

逃げちゃいけない、という信念、

分かれば安心(生存できる)という信念、などなど。

 

それを素直に見てみると、ふふふと微笑んでしまう。

目の前の現れは、結局、どうでもよい。

 

引っかかることを明らかにしていくのは、

ちょうどお掃除みたいなもの。

そんなの見たくな〜いという無意識の抵抗が働いたものだけど、

正直で、素直になって、明らかに見てしまえば、

「何が来ても抵抗しません、あとはもう、どうにでもしてくださ〜い」

 

 

素直になることは、

沢山の概念や見栄やプライドをくっつけて大人になって来た生身には、

けっこう大変なのだ。

 

でも、もういいじゃない。

 

 

不思議ちゃんも、特別ちゃんも、エライひとも、落第生も、

謙遜も高慢も、天使も悪魔も、美も醜も、無垢も汚れも、

全てジャッジなく抱きしめているのが、在ることで愛。

 

 

青空禅,夏の1day ワークショップ

IMG_4230

今年も真夏の青空禅 1day ワークショップ、やりました。

テーマは『不生不死〜誰が死ぬのか』。

 

伊東先生は、かつて救急救命室に勤務されたこともあって、

人間の死には多く触れていらっしゃいました。

今、「自己の本質」についての講演や教育活動に主軸を置いていらして、

その医師時代の体験や実感から、

 

「死を扱う時、真我(自己の本質)は、はずせないでしょう」

 

とサラリとおっしゃっていたのが、印象的でした。

 

その「本当の私はどこにあるのか?」についての伊東先生の講義は、

初参加の方にもわかりやすいよう丁寧に、

東京の和サンガ1期生や2期生、青空禅参加者には、

これまで伝えられた言葉と内容をあらためて認識できるよう明確に、

これまで以上に鋭く、かつ、静かで温かなエネルギーに充ち満ちていました。

 

4時間の講義は、長いようであっという間です。

それでも聴いている私たち、終わった後は、脱力するくらいの心地よい疲労感。

(講義している先生はどれだけのエネルギーなんだ???!!!)

そして、それぞれの自分がキャッチした何かを携えて帰ります。

それはちょと悶々とした不透明な何かだったり、

癖やパターンに、あ!と気づけた爽快な気分だったり、いろいろ。

でもそれも二極の現れの世界の出来事なので、そこに止まることなく、

日常生活を送りながら、先生から伝えられた知識や実践のコツを自分がやる。

誰かが言ったことや書いてあることを信じれば手に入るようなものではないから、

自ら確かめるしかありません。

 

シャープで、ブレは微塵もなく、それへの敬愛に溢れ(対象はないけれど)、

参加者みんなをグイグイと「自己の本質」に引っ張って下さった伊東先生。

帰りの夜空に見た、これ以上ない完璧なフォルムの三日月みたいな、

そんな夏の青空禅ワークショップでした。

 

 

次回の開催は、この秋です。

ぜひ体験してみてください。 詳細は近日アップします→

 

IMG_4233

真理はいかなる利点もあなたに与えない。

IMG_4238

質問者

では、何が私を成熟させるのでしょう? 体験が必要なのでしょうか?

 

マハラジ

あなたはすでに必要な体験をすべて得ている。そうでなければここには来なかっただろう。これ以上体験を積む必要はない。むしろ体験を超えていかなければならないのだ。あなたがいかなる努力をし、いかなる修練(サーダナ)にしたがおうとも、それは単により多くの体験を重ねるだけで、それを超えてはいかない。本を読むこともまた、あなたを助けはしないだろう。それらはあなたのマインドを豊かにするだろう。だが、個人であるあなたは影響を受けないままだ。もし探究から物質的、精神的、霊的な何らかの恩恵を期待するなら、あなたは要点をはずしているのだ。真理はいかなる利点もあなたに与えない。それはあなたにより高い地位も、他者に対するいかなる権力も与えはしない。あなたが得るのは真理、そして偽りからの自由だけなのだ。

 

質問者

真理は他者を助ける力をあなたに授けるに違いありません。

 

マハラジ

たとえどんなに高尚であろうとも、それは単なる想像にすぎない! 真理においては、あなたは他者を助けたりしない。なぜなら他者というものは存在しないからだ。あなたが人びとを高尚な人と程度の低い人に区別し、高尚な人に程度の低い人を助けるように頼むのだ。あなたが分割し、判断し、評価し、非難するのだ。真理の名のもとに、あなたは真理を破壊してしまう。真理を公式化しようとするあなたの欲望そのものが、真理を否定するのだ。なぜなら、それは言葉のなかに包括できないものだからだ。真理は行為のなかで偽りを否定していくことによってだけ表現できる。このために、あなたは偽りを偽り(ヴィヴェーカ)として見なければならない。そしてそれを拒絶する(ヴァイラーギャ)のだ。偽りを放棄することが、解放と活力を与える。それは完成への道を切り開いていく。

 

質問者

真理を発見したことを、いつ知るのでしょうか?

 

マハラジ

「これが真理だ」、「あれが真理だ」といった考えが起こらないときだ。真理が自らそれ自身を主張することはない。それは偽りを偽りとして見ることのなかにあるのだ。マインドが偽りによって盲目になっているとき、真理の探求は無駄になってしまう。真理があなたに現れる前に、偽りは完全に浄化されなければならないのだ。

 

 

 

『  I AM THAT   私は在る  ニサルガダッタ・マハラジとの対話  』

幸福へのすべての探求が不幸だ より抜粋

 

あなたのものやおまへん。

FullSizeRender-341

 

『 戦うべきは自分の虎とやで。

見栄は棄てる。不安は自分が創る。

柔能く剛を制する。

自制心なくがんばれば、自滅します。

世の中思い通りになどいかない。あなたのものやおまへんのよ〜。』

 

というメールが、ダウンした自分に、身近な人から来ました。

つい本気でケンカしてしまうような、遠慮のない相手なので、

普段なら、ンなこと分かっとるわい!  とムッとするところですが、

ふと立ち止まった。

 

現れ出た言葉が、いちいち、ですね、ですね、ですね〜。

ダブルイメージで真理の探究からの声も聞こえるぞ。

 

 

今日は、全部棄てて、ゆっくりおやすみ〜  🎶🎶

 

って、

 

はーい、そうします

 

って、早々に夢の中へ。

 

セラピーも心理学も真理の探究や非二元も全く関係なく、

ほぇ?  なにそれ?  というひとから贈られた、

ありのままの思いやりに溢れた言葉でした。