違和感と微笑み

沈黙

 

違和感は、居心地悪くて不快なばかりじゃない。

それは、とっかかりだから。

 

辻褄が合わない、どうしよう!

 

でも慌てず。

 

なんとか理由を見つけて整合させよう!

 

それは一連のクセ。

 

少しだけ放っておく。

 

丁寧にゆっくり見てみたら、

あ!こんなことに気づいた!

でもなく、

あ、分かった!

でもなく、

その先には、ただ微笑み。

言葉は過去。

 

ほほえみ。

 

 

無心

青空禅

 

花無心招蝶  花は蝶を招くに心無く
蝶無心尋花  蝶は花を尋ぬるに心無し。
花開時蝶来  花開く時 蝶来たり
蝶来時花開  蝶来る時 花開く。
吾亦不知人  吾も亦 人を知らず
人亦不知吾  人も亦 吾を知らず。
不知従帝則  知らずとも 帝則に従う。

 

 

これは良寛さん。

 

 

花開く時 蝶来り

蝶来る時 花開く

 

 

青空禅の伊東先生に聞いた禅のことば、

 

啐啄同時(そつたくどうじ) 

 

 

 

ただ、ひたすらに。

 

やりたいことをやってみる

無分別

 

昨夜、10時過ぎにトンカツを揚げました。

なんだか急に、トンカツを揚げたくなって、実行しちゃいました。

夜遅いから、食べなかったけど。味見もしなかったけど。

 

時々、やりたいことをそのままやる、というのもよろしいかと。

 

 

トンカツは今晩のおかずです。

 

 

うまく言えないけど静かな

Ireallylovetokyotower

 

東京タワーはやっぱりきれいね。

 

rainbowclouds

 

彩雲に出会いました。

ちょっとだけ『千と千尋の神隠し』の竜の「ハク」みたいだった。

 

 

伊東先生の和サンガ に参加しています。

宿題も出たりするので(笑)、まじめにやっています。

途中、予想外な波がやって来てあれよあれよと渦の中に引きずられ、

気づけば宿題も虚しく吹っ飛んでいる。… 降り出しへ戻る。

九十九里浜の波みたいに、高さはないくせに巻き込まれたら波の力って暴力的!

そんなこともあるけれど、ヤサグレずにまた宿題に取り組みます。

 

この和サンガに参加してみて、

青空禅フォーラムやこれまで伊東先生に習ったことが、

パチパチパチと繋がって動いて行くように感じています。

大きな大きな絵を描こうとして、一所懸命にパーツパーツを描いて来て、

ちょっと離れて見たら全体の行方が見える、そんな感じ。

どうやらその大きな大きな絵は、とてつもなく優しく大きく、

最初から思っていた通りに描けることになっているみたい。

もう少ししたら、この集中コースのステキさを、うまく伝えられるかも。

 

子どものころに浮かんだ疑問に折り合いをつけることが大人になること、

とどこかで読んだけれど、

あなたは子どもの頃、どんな疑問を持っていましたか?

そして、この径の途中、どんな風に生きたいと思っていましたか?

 

バーソロミューが言っていたことは本当なんだなぁ、と思う静かな夜です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も知ってはいない

バーソロミュー

 

瞬間に生きはじめると、あなたはあらゆる音や景色や経験に対して、

これまでより何倍も敏感になります。

全意識がその場にあると、すべては奔放で、生き生きとします。

人生が退屈なのは、自分が何でも知っていると思うからです。

けれども、あなたは何も知ってはいないのです。

なぜなら、すべての瞬間は新しいからです。

常に新しいものを、どうして知ることができるのでしょうか。

すべての瞬間が、新しいものを経験する機会になると、人生は楽しくなります。

この新鮮さこそ、人生の喜びが生まれてくるところです。

人生は決して古くなったり、終わったりはしません。

あなたが生まれたときと同じように、常に新鮮で可能性に満ちています。

 

『バーソロミュー 大いなる叡智が語る愛とめざめのメッセージ』より抜粋

 

 

青空禅の予定が決まりました〜

青空禅

青空禅フォーラムの予定が決まりました  ので、

お知らせを出しました。

 

2月26日(金) 19時〜21時

 

夜の青空禅フォーラムは久しぶりです。

週末に参加できない方や、これまで予定が合わなかった方など、

このタイミングでピン!と来たらぜひご参加ください。

お申し込みは こちらから

プロトマニアでお会いしましょ〜

 

 

というわけで、伊東充隆先生のもとでコツコツと学び、

非二元とか真我と表現される「世界、私の源、本質」に戻りたい(♪)

わけなんですが、そっちへグイッと向いている同じ気持ちの人たちが集まり、

東京和サンガ という6ヶ月集中コースが去年、始まりました。

ついこの間スタートしたと思ったら、昨日でもう半分終わってしまいました。

これがかなり濃くてパワフルだってことが半分まで来て、見えました。

そしてわたし、けっこう長い間真面目に青空禅に通って来ましたが、

いかに、だ〜らだらしていたか、が昨日よぅくわかりました(苦笑)。

 

 

真我、非二元、禅、自己の本質、ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、

般若心経、悟り、パパジ、ガンガジ、そしてもちろん  伊東充隆  

とかとかのキーワードで何かを探して検索したことのある方は、

ぜひ青空禅フォーラムをリアル体験してみてくださいね。

そして、和サンガはいいです〜 ホントに。

私が、すばらし〜♡×1000万回言っても仕方ないけどね。

ファンタスティック。

 

このブログは本当に感じたことだけしか、書きません。

そう決めてるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最善最適、しかないのにね…(つぶやき)

kiduki2016

 

今朝は寒かったですね〜

葉っぱも車も、輪郭や表面が白くなっていました。

 

そういえば先日の  「宋海君先生の気功養生特別講座」は、

冬の養生について だったのですが、

その時に先生がちらっとおっしゃって面白かったのは、

「中医では、体の内側を表面ととらえる」。

例えば食べたり飲んだりしたものをからだが拒否する時は、

要するに、表面に触れたが吸収しなかった、ということ。

その場合、それを外に出せばよい、つまり吐く、下痢、などの機能が働く。

私たちが頭を使って知識を使って処理しなくても、

からだはそうやって自律している。

内側が表面、内側が外側か。

 

介護が必要になった高齢者の方たちの様子を話し合っていると、

症状や行動のパターンが「同じ同じ〜!」と共感共有できることがある。

ふぅん、なんだかみんなそうなるんだ、と思う一方で、

もちろんひとりひとりの違いがあって、それはそれはケースバイケースで、

十把一絡げには言えない。言われたくないと思う人もいるだろう。

それは高齢者だけでなく、病気の症状や子どもの成長も。

 

それぞれがそれぞれである。

… と思われる、思いたいよね、おそらく。

 

アンドロイドはどうなんだろう。

アンドロイドもそのうち、「私は私、世界でひとつだけなの」とか言うのか?

人工知能が学習してどんどんパターンを拡げて、

無数の可能性の中からひとつが選択されて表面の行動言動に現れる。

それはまるで、人間の意識と無意識みたいに。

 

無意識(self=自己)の判断は、10の7乗(1000万)レベルのbit数で情報処理。

意識的(ego=自我)判断は、20bitくらいの情報処理能力で「意識化」している。

 

圧倒的に無意識の方が勝っている(という言い方も適当ではないけど)。

私たちが考えたり、悩んでいると思っている意識的な判断は、

無意識には勝てないわ。

お手上げですね。

 

さて、思考ちゃんは、こうやって脈絡なく次々に考えるのが大好き。

そういえば、溝口あゆかさんの  最新のブログ  は迫力がありました〜

ていねいに言葉を追ってみるといいかも。

 

瞬間性にくつろぐことを最優先にしていたら、

自我が気に入らなくても、

それが最善!最適!

これがサイコー♡

 

 

 

 

 

さいとうえみさんの「介護のこと。入門編」へ

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普段は殆どテレビを見ませんが、お正月は見ました〜

その中に、面白いドラマがあって、

マツコロイド(マツコ・デラックスのアンドロイド)が出演!

片桐はいり演じる笑子おばあちゃんとの会話。

 

笑子

「何も出来なくなって人に迷惑かけるのにいる意味なんてあるの?」

 

マツコロイド

「意味があろうがなかろうが、すでに私たちはここにいる。

その事の方が重要なんじゃないかしら?」

 

さらに、ならばいてもいいのか?、と応じる笑子おばあちゃんにひとこと

 

「っていうか、もういるし」

 

… 生きているんだか感情があるんだかないんだか。

なんだかわからない淡々とした声と発言のアンドロイド、

マツコロイドの言葉だけど、真を突いていました。

 

このドラマは、脚本家の木皿泉さんの「富士ファミリー」というもので、

俳優さんたちの演技がすばらしく、わははと笑えて、かつ深いドラマでした。

 

人は皆、年をとって誰かの力を借りなくてはならなくなります。

迷惑をかけたくないと思ってもかけるし、

大丈夫だと思っていても足りないわからないことは出て来るし、

愛情があってもイライラするし疲労困憊するんです。

今、介護、看護、介助のこと、さまざまな問題が出て来ています。

ごく身近なテーマです。

私もその中に在ります。

 

プロトマニアでボディバランスセラピーをしてくれているさいとうえみさんが、

仲良しのはっしーと1月23日(土)に

 

介護のこと。入門編

 

を開催します。

えみちゃん自身が体験して感じること、わかること、

そしてセラピストとしての視点から、

皆さんに伝えられることを沢山用意してくれています。

 

まだ若干、お席があるようですので、

今まさにその中にいて、ちょっと苦しい〜とか、

どうしていいかわらない〜とか、

誰かに話したい〜とか、

周りにそういう人がいるから助けになりたいとか、

ただ知りたいとか、

人ごとでも自分ごとでも、ぜひ参加してみてください。

高齢者だけのことではなくて、隣人みんな、人間みんなのことだと思うのです。

えみちゃんのスッキリしたエネルギーとまなざしは、

完全解答や解決でなくても、きっとお日様のような力をくれると思います。

 

 

 

まちがったことは何もありません

53years

元旦の食卓に、ふと思いついて1962年もののワインを開けてみました。

御年54歳です。

予想外に若々しく軽やかなお味。良質の葡萄ジュースのようで、優しい。

ワインらしいちょっとした渋みや奥深さはなく、素直で飄々としています。

 

このワインは確か20代後半、友人と自分たちの生まれ年のワインを買おう、

ということになり、ノリで買っちゃったものです。

しばらくワイン通のお医者の先生のワインセラーで預かっていただいていたもの。

「お嫁に行く時、記念に開けようね!」と友人と意気込みながらも不惑を越え、

わははと笑いながら天命を知る今、ふたりとも戸籍は元のクリアなままです。

 

 

洗濯機の渦の中にいるような悶々とした20代、尊敬するアーティストから

 

瞬間、瞬間、瞬間しかないのだよ。

 

声なき声を聴け。

 

無と有が同時にある。

……

 

なぁんていう怪しい言葉の数々を繰り返し聴き、ちんぷんかんぷん。

敬愛しながらも内心、反発を感じ続けた。

なぜなら、まるで刹那的に生きる人たちの弁解としか思えなかったから。

 

記憶の中にあることばでしかありませんが、今、生きています。

瞬間しかないという真理、この自由。

水平にものを考えるのがクセになっているけれど、

垂直に見たり、考えたり、感じるようにしています。

知ることのできる真理はひとつしかありません。

自分は誰なのかという真理です。

これはまさに垂直方向です。

 

50代というと、想像もできない遠いことでしたが、

実際は佳いも悪いもバランスよくすべてがあって、思いの外、無邪気。

さて、2016年はこのワインのようなテイストの女性で在りましょう。

よき家族、よき友人たち、よきしごと、よきスクリプトに恵まれ、

愛と感謝を感じています。いつもありがとう!

どうぞ仲良くしてやってくださいね。

 

 

53years2

 

まちがったことは何もありません。正しいことも何もありません。

学ぶべきことも何もありません。見つけるべきことも何もありません。

捨てるべきものも何もありません。あなたは  ”  大いなるいのち  ”  であり、

 ”  大いなるいのち  ”  は神であり、神はすべてです。

神以外には何もありません        何もないのです。

ですからこのことをいつも念頭において、自由に羽ばたいてください。

 

あらゆる瞬間に存在するものを、

それが何であれ、無条件に感じるようになるまで、

あなたが神意識を感じることはありません。

 

バーソロミュー3 大いなる叡智が語る平和への祈り より抜粋

 

あけましておめでとうございます

newyear2016

 

 

あけましておめでとうございます。

 

2016年、プロトマニアでホッとしたり、ハッとしたり、ピンと来たり、

肩の力を抜いて、柔らかな気分で元気になって帰っていただけるような場を、

先生たちと作って行きたいと思います。

 

今年も、ゆっくりゆっくり丁寧に。