すばらしき熱血先生たちのこと

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連休のプロトマニアは、中尾さんのアートと伊東先生の青空。

プロトマニアならではの白熱教室、11月も濃くて熱かった〜

 

11月22日の中尾さん講座は、ジャスト中尾さんのお誕生日だったので、

プチお祝いをしました。

サプライズにケーキをと思っていたけど、

人数分に切るとケーキひと切れが薄い壁の様になってしまうのでシュークリーム。

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♡お誕生日の中尾先生はマティスを意識してか、鮮やかなマゼンダのセーター。

 

シュークリームに3本のろうそくをたてました。(さて何歳?)

11月22日は、世間では『いい夫婦の日』なんだそうです。

中尾さんご夫妻、とってもいいご夫婦です♡

 

ん? そういえば、最近、周りには素敵なご夫妻が多いな。

若い頃はけっこうドラマティックな(笑)カップルばかりで、

なんとも複雑〜な心境だったけど、

最近は素敵なご夫妻、素敵なひとびとと一緒。

カップルであってもなくても素敵な間柄には、

相手へのリスペクトがありますね。

 

その人を見ているだけでなんだか知らないけど微笑んじゃうとか、

それを見ているだけでシアワセとか、

一緒にいるだけで嬉しいとか、

特別なことはこれといってないけれど心地良いとか…

そういうのは、そうしようと思ってそうなるものではなく、

どこにも力が入っていない  ♪

 

ちょっと前までの私は、苦しみ愛好家だった(笑)と思います。

不器用にまじめなばっかりに、つい正さにこだわり、

殉教者みたいな、神様ごめんなさ〜い的苦しみ愛好家。

でも青空禅で教わって来たこと、ズレたり修正しながら実践して来たこと、

のおかげで、気づけば力をふっと抜くコツが身についたのかも。

心地よいことがベストなのではなく、どちらでも良いことが心地よい、

ということなのです。

 

 

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♡青空禅の伊東先生は、お花と(たまたま)お揃いのきれいなオレンジタートル。

 

ひとりひとりに丁寧に応えて、

ゆっくり繰り返し繰り返し伝える姿勢。

それは誠実さ、そして対話白熱教室の、静かなる熱血先生。

後日、参加者からいただいたメッセージにはそのことに感謝する気持ちが

綴られていて、開催のお手伝いをしていて本当に嬉しく感じました。

 

 

なにごとも、歓びと共にするのだ、あとは バカボンのパパ・ポイント におまかせ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マティスと青空〜

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秋は空がきれいですね。

色がぱっきり。

今度の日曜日、11月22日のプロトマニアは、

中尾陽一さんの「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画観賞入門講座」です。

今回はマティスがテーマ。

マティスは鮮やかな色彩が印象的ですね。

マティスはデッサンも素晴らしいと思います。

線で描くデッサン。

線とは包み隠すことない、ギリギリの表現かな。

さて,中尾先生のマティス、どんな角度からどんな風に浮かび上がるでしょうか。

中尾先生の引き出しにはいっぱいのマティスが詰まっていますよ〜

 

レクチャーの定員はアバウトなので(笑)、当日参加も大歓迎です。

楽しく主体的に美術に触れる中尾流、ぜひ一度体験してみてくださいね。

 

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そして23日(月祝)は、伊東充隆先生の「青空禅フォーラム」です。

11月からは隔月開催になりました。

何を伝えて何をしているかということはプロトマニアの青空禅のコーナー

先生のウェブサイトで、そしてプロトマニアのフェイスブックのアルバムでは、

その雰囲気をご覧くださいね。

 

私は青空禅に参加して早くも7年くらいになりました(ビックリ!)

青空禅に出会うまでは、真我とか非二元という言葉は知らなかったし、

悟りを求めているつもりはなく、哲学っぽく探究(しているつもり)の旅。

今思えば自分が本当に何を求めているのか、

実のところわかっていない、混沌とした『真理の探究』でした。

 

青空禅に通いましたが、伊東先生の言葉が通じるように(笑)なったのは、

実はごく最近かもしれません。

つまりずーーーーーっと、

「わかった(つもり)、わかっているわよ、ちゃんとわかってるはずなのよ」

なフィルターがかかった状態だったのだと思います。(モッタイナイこと!)

 

 

伊東先生の素晴らしいところは、ひとりひとりの質問や発言を聴いて、

こんがらがっているところをその場で(ここがだいじ!)一緒に解きながら、

その人自身で気づくように、丁寧に方向を指し示してくれるところ。

 

生徒は勝手なもので、わからないとちょっとムッとしたり、イラっとしたり、

ナニ言ッテンダイ!と先生を疑ったり(苦笑)、

スネたりしちゃうんですが(ぷんぷん)、

そんな生徒にも伊東先生は実に根気づよく、誠実です。

そしてある時、「あぁ、伊東先生が言っていたのはこういうことだったのか」と

ハッとしてひとり赤面したりします。(体験より)

先生って大変〜〜〜(先生ごめんなさ〜い〜〜〜)

 

伊東先生はコツコツと、淡々と情熱的に、

何かのご縁で袖触れ合った人たちを、真理の扉の前へとガイドしてくれますよ。

非二元や気づき、真我、仏性、色即是空空即是色…、などなどの言葉と出会って、

それ知りたいな、と思ったらぜひ青空禅のドアを叩いてみて下さいね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもある歓びと共に

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今、個展をしている女性の陶芸家はベテランで70代。

ギャラリーに作品を搬入して、梱包をあけて、展示しました。

彼女は、展示された一つ一つの作品を、

遠くから近くから眺めたり、手に取ったり、

頬ずりするようによしよしとさすったり。

 

これいいでしょう〜、とってもよく出来たのよ〜、これも素敵なの〜。

これは形がすっごくきれいでしょ〜、作るのが楽しくて楽しくて ♪ …

 

と、私といい勝負の(笑)自画自賛。

それはそれは本当に素晴らしい、自画自賛!

歓びが黄金色の杯からきらきら溢れ溢れているように。

 

そうして歓びと共に作られたひとつひとつの作品は、

どれもこれも、瑞々しくてエレガント。

私のなけなしのお金で買うなら、こんなに風に生まれた作品がいいな!

 

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彼女は赤ちゃんの時に、半分死にかけていたのを、

家族みんなが懸命に助けて、ようやく命を繋いだのだそうです。

そんなわけで、

「あなたが生きているだけで嬉しい」

と言われて育ったのですって。

そして現在も決して健康そのものではないのですが、

 

「だから、生きているだけで嬉しいのよ」

 

と。

 

 

母も、お医者に16歳まで生きないと言われた私の兄を抱えて子育てをしました。

私にとってはあまり「お母さんらしくない」お母さん。

「ようこのお母さんは昔から変わってたよね」と言われる母なので、

私はちょっとばかり寂しくてひねくれて、

母のことをずっと受け容れられませんでした。

でも今思うのは、

 

お母さんだからこうあるべき、こうするべき、子供を一番に優先すべき、

妻だからこうあるべき、こうすべき、家庭を優先すべき…

 

と、責任や義務も深い愛情ゆえで美しいけれど、

 

それを歓びと共にすること。

 

何をしていても、まずそれがあれば、ただ オッケー♪ なのだろうな。

それでパーフェクトなんだな。

 

 

フランスでは惨事があり、世界が言葉にできない沈痛さに包まれました。

パリはどこを見ても絵になる美しさがあります。

猥雑さも、洗練もあって、すべてがあるから美しい街。

神を求めて正義のために戦ったジャンヌ・ダルクの国。

もう「正しさ」のために戦うのはやめて、

いつもすぐここにある歓びとともに、joie de vivre (生きる歓び)を、

と祈らずにはいられません。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界そのものもないという真理

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お誕生日でした。

人生初、抱きかかえるほど大きな30本のピンクの薔薇の花束をいただきました  ♪♪♪

オトメ心、ヒメ気分、オトナの少女趣味、充ち満ち〜♡

… 30歳になったワケではありませんけどね。

 

誕生日の『誕』という漢字には、

なんと、「いつわる うそ でたらめ」などなどの意味があります。

ビックリでしょ?

 

…… おめでたい誕生日とかけて、

生まれた、ということが イツハリ  と解きます。

そのココロは!?

 

「ただひとつの真理だけが存在する。

誕生も死もなく、世界を投影することも、世界から退くこともない。

真理の探究者も、束縛も、解脱もない。

ただ至高の一者だけが存在する」

 

ぽんっ

 

 

質問者:

シュリー・チャンカラーチャーリヤのヴェーダーンタ哲学のなかでは、

初心者のために世界の創造の原理が受け入れられていますが、

より熟達した探求者には非創造の原理が説かれています。

この問題におけるあなたの見解はどのようなものでしょうか?

 

 

マハルシ:

「そこには世界の崩壊も創造もなく、束縛された人も霊的修練を積む人もいない。

解脱を求める人も解脱した人もいない。これが絶対的な真理である。」

このシュローカ(聖典の一節)は『ガウダバーダ・カーリカー』の第二章に見られ

る。

真我の中に確立された人は、自らの真理の知識によってこれを知るのである

 

 

質問者:

私たちが見ているこの世界は、真我によって創造されたのではないでしょ

うか?

 

 

マハルシ:

真我自身が多様な名称と形態の世界として現れたのであって、

真我が世界の創造、維持、破壊という行為(ニミッタ・カーラナ)をするのでは

ない。

 

「どうして真我が真実を知らずに混乱して、それ自身を世界として現したのか?」

 

と尋ねるよりも、

 

「この混乱は誰にとって起こったのか?」

 

と探究していきなさい

そうすれば、このような混乱が真我に起こったことはないと知るだろう。

 

 

 

 

『あるがままに ラマナ・マハルシの教え』より抜粋

 

 

 

宋海君先生、次回気功講座の日、決まりました

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宋海君先生の気功養生特別講座、次回日程がきまりました。

 

2016年1月11日(月祝) 14時から

 

 

 

宋先生の気功講座は、普段の生活に活かせる知恵を得ることができるのと、

気功がいったいどういうものかを、体感、実感できることが素敵なところ。

からだを少し動かしてリラックスしてから、講義に入ります。

そして最後は宋先生の気を受け取って帰る、という構成。

 

 

無意識でいると、からだからの声は聴こえません。

忙しすぎて、身体をかまってあげていない人、いませんか〜?

あなたの足の裏、どうなっているか知っていますか? 触っていますか?

意識が外側へ向いてばかりで、うっかり心ここにあらず、続いていませんか?

 

わたしを載せて走っている身体は、わたしが走り具合を感じながら、

あれ?と不調に気づいてちょこちょこメンテナンスしていれば、

大事にはなりません。

ほったらかしだったくせに、どこかヘンだとすぐにお医者へ行ったり、

薬を飲んだりしている私たち。

症状が酷くなってから専門家に診てもらうのは、確かに効率的ではないですね。

ふだんから身体の様子を知り、サインを受け取るセンスを磨くのは大切。

からだを客観的に眺めて見ることも大切。

 

宋先生のお話は、現代の私たちの生活に根付きながらも、

その元は大きな歴史に繋がっているので、

謙虚で静かなエネルギーに満ちています。

それが、信頼できると思う所以です。

 

講座の最後に先生が全体に気を送ります。

参加者は、その場に目を閉じてリラックスしているだけです。

先生は何をしているのか??

薄目をあけてこっそり先生を見たら、

それはそれは美しい動きをしていました。

さすが武術の達人です。

 

美しさと正しさを感じる脳は同じ場所なんだって。

美しいということは、源に整合しているからかな。

 

 

体験してみてね。

 

宋海君 気功養生特別講座 2016年1月11日(月祝)開催受付中。

 

 

 

 

 

わたし、とは何か?

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わたし、ってなんだろう?

 

いつ 「 わ た し 」 ってことばを知ったんだろう?

誰が 「 わ た し 」 ってことを教えてくれたんだろう?

この世に「 わ た し 」ってものがあると言ったのは誰だろう?

お父さんとお母さん?

ではそのお父さんとお母さんに教えたのは誰?で、

そのまた誰かはどこでいつ誰に教えられて…

いったい元の元は……?????

 

 

そもそも、「 わ た し 」ってなんのこと?

「 わ た し 」って、どれ? 何の意味?

 

私 は、 「わたし」と読み、「わたし」と発音します。

それは何を指しているのかな?

そもそも、いつからだれが、

この世界(があるとすれば)に「わたし」があるって言ったのかな?

 

そもそも、何を指して、

どれのことをその「わたし」という名称で表してきたのかな?

当り前のように。

いつから当り前だと思い込んでいるんだろう。

 

 

本当に本当に考えてみて、

それ、つまり「わたし」とは何かを、

本当に知っているのでしょうか?

 

 

私とはどこにあるのか? を、

いろいろなアングルから、その場で検証します。

伊東充隆先生の 11月の青空禅フォーラム は、

11月23日(月祝) 14時から16時

です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間性にくつろぐ

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瞬間に生きはじめると、あなたはあらゆる音や景色や経験に対して、

これまでより何倍も敏感になります。

全意識がその場にあると、すべては奔放で、生き生きとします。

人生が退屈なのは、自分は何でも知っていると思うからです。

けれども、あなたは何も知ってはいないのです

なぜなら、すべての瞬間は新しいからです。常に新しいものを、

どうして知ることができるでしょうか。

全ての瞬間が、新しいものを経験する機会になると、人生は楽しくなります。

この新鮮さこそ、人生の喜びが生まれてくるところです。

人生は決して古くなったり、終わったりはしません。

あなたが生まれたときと同じように、常に新鮮で可能性に満ちています。

 

 

バーソロミューより抜粋