その人のジャーニーがある

FullSizeRender-195

いろいろな人が書いたものを読んだり、

ワークショップに参加したり、

言っていることを聞いて来ました。

それはその人の辿った記録というか、その人のものがたり。

 

マインドの真正な機能とは、あなたに何が存在しないのかを伝えることだ。

だが、もしあなたが明確な知識を望むなら、

マインドを超えた彼方へ行かなければならない。

 

溝口あゆかさんの動画を見ていたら、

溝口さんはとても注意深く言葉を使っていて、

そして「気づいている意識」にシフトする話をし、

たまたま自分はこうだったストーリーを語り、

「その人にはその人のジャーニーがありますから」

と最後に言っていました。

 

 

9月のプロトマニアは、青空禅フォーラムからスタートです。

伊東先生のブログ もまた、ひとつのことだけを示唆しています。

読んで、なるほど!すっきり!晴れた!と納得したり、

タイミングよく答えてくれたように感じたり、

サポートされて感謝したくなったりします。

 

ただそれは、それだけ。

それとこれは関係ないところが、ミソ。

 

 

でも、

 

注意深く、思慮深い読者のなかで、それは成熟し、開花し、

果実をもたらすだろう。真理に基づいた言葉は、

もし完全に試されるなら、それ自身の力をもつのだ。

 

ニサルガダッタ・マハラジ「平和と沈黙のなかで、あなたは成長する」より

 

 

広告

ニサルガダッタ・マハラジ せんせい

FullSizeRender-193

本日の、マハラジせんせいのことば。

マハラジせんせいの目を見ると、言葉はない。

 

 

質問者:

あなたは世界を愛していますか?

 

マハラジ:

傷つけられたとき、あなたは泣く。どうしてだろう?なぜなら、あなたはあなた自身を愛しているからだ。あなたの愛を身体に閉じこめてはならない。開いておきなさい。そうすれば、それはすべてへの愛となる。すべての偽りの自己同一化が捨て去られたとき、すべてを抱擁する愛が残る。あなたに関する考えをすべてぬぐい去りなさい。あなたが神だという考えさえも捨て去りなさい。いかなる自己定義も正当ではない。

 

***

 

マハラジ:

他者にかまうよりも、自分自身の面倒を見なさい。あなたはあなたが存在することを知っている。あなた自身の上に名前という重荷を負わせてはならない。ただ在りなさい。いかなるものでも名前や形を自分自身に与えることで、あなたの真の本性は隠されてしまうのだ。

質問者:

なぜ真我の実現の前に探求は終わらなければならないのでしょうか?

マハラジ:

真実への欲望は最高の欲望だ。だが、それがいまだに欲望であることに変わりはない。真実が在るためには、すべての欲望が放棄されなければならないのだ。あなたは在る、ということを覚えていなさい。これがあなたの仕事の資本だ。その資本を回転させなさい。そうすれば多大な利益を生むだろう。

質問者:

そもそもなぜ探求があるのでしょうか?

マハラジ:

人生とは探求なのだ。探求するほかないのだ。すべての探求が終焉したとき、それが至高の状態だ。

 

 

 

***

質問者:

私が若かったとき、短いけれども忘れがたい奇妙な体験をしました。それは無としての存在、ただの無でありながら、しかも完全に意識して在るというものです。しかし危険なのは、すでに過ぎ去った瞬間の記憶からそれを再生しようとする欲望をもつことです。

マハラジ:

それはすべて想像だ。意識の光のなかで、ありとあらゆることが起こる。人はそのどれにも特別な重要性を与える必要はない。花の眺めは神のヴィジョンを見ることと同じように奇跡的なものだ。それはそれとして放っておきなさい。なぜ思い出し、その記憶を問題にしなければならないのか?それを片寄りなく見ることだ。高い低い、内側と外側、永遠と一過性を区別してはならない。彼方へと超えていきなさい。源に戻りなさい。何が起ころうと変わらない自己へと向いなさい。あなたの弱点は、あなたが世界のなかに生まれたと確信していることだ。実際には、世界はあなたによって、あなたのなかで、常に再創造されているのだ。すべてをあなたの存在の源である光から出現したものとして見なさい。その光のなかに、あなたは愛と無限のエネルギーを見いだすだろう。

 

 

 

*ブログのタイトルをクリックしてみてくださいね。
PROTOMANIA のタイトルバックの空が変わります。

景山えりかさんの講座9月23日(秋分の日)

FullSizeRender-191

8月もそろそろおしまいですね。

今日は旧暦では7月13日で、お盆の始まりだそうです。

先週の木曜日は旧暦の七夕でした。

いわゆる7月7日の七夕は、お天気的にはまだ梅雨っぽくて、

なるほど七夕の節句はこの時期ならば織姫と彦星が出会える夜空かな、

と思いました。

 

さて、春にプロトマニアに来ていただいていた  景山えりか さんに、

秋からは「暮らしに活かす旧暦のエッセンス」というお話会をお願いしました。

第一回目は、9月23日(秋分の日) の 『中秋の名月を楽しむ』 です。

 

今年の夏休みにつくづく感じたのですが、

ワタクシ、気づけば毎日追われるように暮らしていました。

自分では、丁寧な暮らし方を大切にして来たつもりなのに。

だって仕方ないわよね〜、と思うこともできますが、

そうは思いませんでした。

イカンイカン。

こういうスピードの速い現代の生活に活かせること、

旧暦の知恵にあります。

ちょっと立ち止まって気づかせてくれること、ゆとり、ヒント、遊び心、

などなど豊かな情報がたくさんありそうだと思います。

もっと良く生きる、のではなくて、もうちょっといい気分で生きるための知恵。

そんな感じかな〜と思っています。

 

えりかさんのお話会、ご一緒しませんか。

えりかさんの知識は奥が深くて、でも分かりやすい言葉で、

ゆっくりしたリズムが魅力。

ぜひお人柄にも触れていただきたいと思います。

 

そして、プロトマニアの会には、

おいしいお茶とオヤツが、いつだってついておりますよ♡

お申し込みは   こちからから   どうぞ

 

 

 

 

湯浅和花さんと小貫淳子さんの非二元ワークショップ

FullSizeRender-190

きゃっ、と思ったらなんだか秋みたいですよ。

周りでは口々に、今年は日が過ぎるのが早いわ〜 と言っています。

 

が… ふふふ、実は、時間も空間もないのです …

と泰然自若で言ってみたい私は、

先週末、プロトマニアを会場にして行われた、

湯浅和花さんと小貫淳子さんの非二元ワークショップ

に参加してきました。

 

湯浅和花さんも小貫淳子さんもセラピストです。

心やからだに重い荷物を抱えた人たちに、非二元の視点で寄り添って、

整然とした理論と、笑顔とユーモアで伴走する、

そんな印象。(かなり独断で抽象的!)

 

「ここでは、誰が先生とか、えらいとか、バカだとか(私・おもわず笑)、

スゴいとかスゴくないとかは、全然ありません。家族みたいな、

何もジャッジしなくていい、何も信じなくていい、そんな暖かな空間です。」

と、和花さんが最初のご挨拶でフンワリおっしゃいました。

その通り、ワークショップは最後までとても温かい雰囲気に包まれていました。

 

IMG_9488-1

 

分かりやすい図や映像を織り交ぜて、

「どこからどこまでを ” 私  ”  と思い込んでいるのか」

丁寧に私たちの反応を見ながら、説明し、体験体感させてくれた和花さん。

 

アジャシャンティのテキストを使って、

悟りや非二元を求めるあまり陥りがちな思い込みや罠について、

参加者に問いかけ、思考でしっかり見つめさせてくれた淳子さん。

(ワークショップの様子は、小貫さんのブログをぜひ読んでくださいね)

 

「もしこの人生で悟れなかったら、どう思いますか?」という質問に、

参加者の方達からはいろいろな反応がありましたが、

 

死んでも死にきれな〜い!

 

なんていうことばも飛び出して(笑)、

あぁ、こんなにも真剣に求めたり探している人たちがいるんだ、

ということを実感しました。

全体が真剣、でも、深刻ではないのは、

お二人のガイドのエネルギーが、オープンで温かいからでしょう。

 

いつどこで誰と出会って、どんな教えに触れ、学び、体験して、

自己の本質に戻り、夢から覚めるのか。

それには、

 

間違えることはあっても、間違いはひとつもない、

 

そう実感します。

 

どこであってもだれであってもいつであっても、

間違いなんてありません。

悟ってもよし、悟らずともよし。

安心、安心。

 

 

junwakoyoco

名カメラマンちえさんに撮ってもらった3ショット♡

小貫淳子さん(左)ちょっと緊張アラカワ(中)湯浅和花さん(右)

 

 

 

 

 

 

 

見えているのに見ていない盲点

stilllife

 

見ているのに、見えていない何か。

見えているのに、見ていない何か。

 

 

 

ふいをつく大きな音に、驚く。

 

ほらほら、思考ウサギ  だよん!

 

と、音がニヤニヤしながら片目をつむってみせているみたいだ。

 

口元を緩めてから、口角をぐっと左右にひっぱって笑ってみる。

(こうすると、頭蓋骨が弛むんだって)

そして、目の前にある光景、音、に意識を向ける。

 

 

 

見ているのに、見えていない何か。

見えているのに、見ていない何か。

 

 

 

 

 

 

*ブログのタイトルをクリックしてみてくださいね。
PROTOMANIA のタイトルバックの空が変わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月のプロトマニア*青空へそして中秋の名月へ

IMG_9450

 

お盆休みが終わりましたが、まだ街の中は夏休みムードですね。

私の夏休み最終日は、大の仲良しと久しぶりにゆっくりおしゃべりしました。

思い返せば長い道中、誰よりも一緒にいて深く話した時期、

心配のつもりが批判的になってキツいことを言ったり、

別の道を行くのだと思い切って疎遠になった時期、

そしていつしか作られた程よい今の距離。

ありのままを、そのままに見て尊重している。

でも、明日どうなってるかなんてわからないよね、と笑い合う。

まさに、一期一会。 縁は不思議なもの、ありがたいものです。

 

さて、8月後半のプロトマニアは次の日曜日開催の、

これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座 夏のスペシャル

今年の夏スペ授業は、

「作家当てクイズ」と「私の好きな作品、作家について語って下さい!」

の2部構成です。

これまで参加していなくても、道場破り的ご参加も、大歓迎です♡

 

 

そして、9月になれば〜  ♪  、

プロトマニアの生みの親、「本当の私とは何か? 本質とは何か?」に触れる、

青空禅フォーラム  9月6日(日) 14時〜

非二元、とか、悟り、とか最近いろんな言葉で賑わっていますね、自己の本質。

青空禅フォーラムは私が出会うずっと前から、ひたすら続いて来た会です。

盛り上がったり上がらなかったり、着々と、あるいは、ほそぼそと(笑)。

おそらく伊東先生ご自身と、これまで参加しては通り過ぎて行った人たちを含めた

私たち参加者が、育み育まれて成っている「場」だろうと思います。

本当は時間も空間もないけれどね(…って何だ??という人は参加してみてね)。

そこでは、手をかえ品をかえ「自己の本質」への道案内が続けられています。

継続は力なり。伊東先生のド根性に感謝、おおきにありがとう!〜

こんな時代だからこそ、青空禅フォーラムという無分別の場に来てみてほしいと

切に思っています。

 

 

IMG_9253

 

さてさてそして、久しぶりにお迎えします、景山えりかさん!

暮らしに活かす旧暦のエッセンス〜中秋の名月を楽しむ

9月23日(火祝・秋分の日)  13:30〜

です。

 

えりかさんは、著書「自然とつながる暮らしかた  空の向こうは私のうちがわ

をはじめ、ご自身の    ブログ や All About での   コラム  、MYLOHAS  の  連載 、

そしてプロトマニアなどでの講座、といろいろな方面でご活躍中。

天文に関する知識を私たちにも分かりやすく、天文オタクではない表現で、

その時々季節のお宇宙の様子を知らせてくださいます。

プロトマニアでの「中秋の名月を楽しむ」は、

毎日スケジュールいっぱいで時間に追われ、隙間があればお手軽な外部からの刺激

で埋めてしまう現代の生活をちょっとだけ見直し、

心地よいすき間、ゆとりを大切にすることを思い出す、

心豊かな毎日へのきっかけになる、と思います。

 

この度は不肖アラカワが、おいしい♡お茶をご用意してお待ちしております。

どうぞ、ご参加くださいね〜

お申し込みは   こちらから どうぞ!

 

 

 

*ブログのタイトルをクリックしてみてくださいね。
PROTOMANIA のタイトルバックの空が変わります。

 

 

無のゆらぎ

FullSizeRender-184

 

 

 

 

yohakur

 

余白

 

無いけど、ある

 

 

無のゆらぎ、

ふるさとに戻る

 

 

 

 

 

 

*ブログのタイトルをクリックしてみてくださいね。
PROTOMANIA のタイトルバックの空が変わります。

 

 

 

 

好き、というエネルギー

FullSizeRender-180

 

朝、茹であがったジャガイモを見ていたら、

ふいに、ジャガイモ大好物だった小学生の時の親友を思い出しました。

彼女はこんな夏の日に、まだ23歳なのに海でひとり逝ってしまったのです。

そんな彼女の死は、若い私にとても大きなインパクトを与えました。

なぜ彼女は逝ってしまったのか?  なぜ彼女だけなのか?  あの時私が家にいたら彼女は海に行かず死ぬこともなかったのに、なぜ私は家にいなかったのか?…

あれも真理の探究へと深く深く入っていくきかっけだったのです。

プロトマニアをスタートした初めてのお披露目会で、そんなお話をちょっとだけしました。

 

あのお披露目会には、いつもの青空禅仲間はお声をかけず、

新しく青空に繋げたい友人たちをいっぱいにお招きして(小さなプロトマニアに30人近く来てくれました)、伊東先生にお話をお願いしたのでした。

既成の概念を揺さぶる何からも自由な学びの場、都会の寺子屋のお披露目に、

もともと芸術や哲学宗教に興味のある友人たち、応援してくれる友人たちに、

青空意識という新たな世界の見方を紹介したいと意気込んでいました。

あの時の想いのエネルギーは、伝わったり、伝わらなくて誤解されたりしました。

それも一場面。

今朝は、ハリーの夢を見ました(ハリーは相棒犬)。

ハリーも今はそばにいません。

 

… あれ、お盆だから来たのか(笑)。

 

記憶の中にあるものは時々とても愛しい。(しんみり)

…でも、… 脳は物語をねつ造するんですよね〜(笑)

記憶って、くせ者よ〜。

あはは。

 

溝口あゆかさんのブログを読んで、ことばで伝えるのが本当にお見事だと感じました。

英語圏にいるということも、言葉の性質上、言葉ををうつろでないものにするのかもしれませんね。

愛と受容しかない、ということが腑に落ちた。

そういえば、溝口さんは「書くことが昔から好き」とおっしゃっていたなぁ。

好きだからどんどん削がれて磨かれて行くのもあるけど、テクニックではなく、

好きなことが運ぶエネルギーは混じりっけなしだから、伝わるのだろう。

 

私は、書くことと写真を撮ることと身体を見たり使うことが好きだから、

このブログも書いたり、写真を載せたりがとても楽しいです。

 

夏休みは、会いたいひとに会って、やりたいことをやっています。

あぁ、いい気持ち〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番近いものに光を

IMG_9362

 

私の母は、2分前のことも忘れて同じことを繰り返し、繰り返し、繰り返し、

繰り返し …    言ったり、尋ねたりするんですね。 ふぅ。

で、ときどき私は、ぷっち〜〜〜ん、とキレてしまったりして、

 

もう実家に帰らせていただきますっ!

(いやいや、ここが実家ですけど… とツッコミを入れる)

 

とぷいっと散歩に出たりします。

…     ただ起こった怒りに気づいて見守る   …

という学びは瞬間にして吹っ飛び、その前に身体が口が出ております。

そんな私なのに、外では外のいい顔をしているので、

” 仕事して、お母さんの世話をして、プロトマニアもやって忙しいのに、

そんなことをおくびにも出さず清々しい、アラカ ワサン ”

なんて言っていただいた、… うぐぐ、と冷や汗と共に  ただ在る。

 

あなたは世界が外界のものだと信じている。だが、それは完全にあなたの精神の投影なのだ。

 

と、かのマハラジせんせいが言っているように、

それが投影だとしたら、

なによ、こんな志村けんのコントみたいに同じこと繰り返しているのかい、ワタシ???

と思ったわけです、これまで何度も。

で、「この件に関して思い当たらず、却下」と無視していたんです。

 

でも昨日、実はホントだ! っていうことがわかりました。

平和について想いを巡らせていた8月9日に。

 

ただひたすら繰り返していました、同じこと。

灯台もと暗し!

家族ほど、近すぎて見ていないものはない。目を合わせないようにしていました。

でもそこには、マイケル・サンデル先生みたいな冷静で熱くてお見事な先生が、

愛ある白熱教室をいつだって用意してくれているのでした。

あることを繰り返しているだけだったことに気づかせてくれて、ありがとう、母。

 

そこを思えば思う程、こだわればこだわるほど、

そのことの反対の概念が無意識の中では大きくなっていますね。

でも、あってもよしなくてもよし、に戻ることにしています。

繰り返してもいいんです、繰り返さなくてもいいんです。

身体という自然は、いつでも気づきを贈ってくれます。

大好きなバーソロミューはこう言っています。

 

「細胞は、リラックスすると世の中に安心するようになります。地球界は細胞にとって自然な環境で、細胞は自分がここに属することを知っています。ところが細胞は精神の命令を受けます。そして精神は過去の出来事や未来への不安を使って、しょっちゅう不安を生み出しています。怖れの想念がたえず体の中を駆けめぐっていると、細胞はそれに反応して収縮します。それがまた不安を増大させ、細胞を収縮させるというように、繰り返します。

ではどうすればよいでしょうか。いまある感情が何であれ、それを押しのけたりしないで充分に感じつくしてください。思考する頭から抜け出て、体の感覚に入りましょう。呼吸し、体を感じ取り、体に気づきましょう。体の中にいるのが自然に感じられ、元気があふれてきます。肉体のすばらしさについて考えましょう。繰り返し、何度も、自分の体を愛し慈しみましょう。そうすれば、生きていくのに体が安全な場所になります」

 

そんなバーソロミューに励まされ見守られながら、

マハラジせんせいの切れ味鋭いことばが響く。

 

自然のなかでは何ひとつ停止しているものはない。あらゆるものが脈打ち、現れては消えていく。心臓、呼吸、消化。睡眠と目覚め       誕生、そして死、すべては波のように来ては去って行く。循環反復運動、周期性、両極の調和のとれた交替が法則なのだ。生命のパターンに対抗しても無益なだけだ。

もしあなたが不変なるものを求めるならば、体験を超えていきなさい。私が「私は在る」をつねに覚えていなさいと言うとき、それは「繰り返しそれに戻ってきなさい」という意味なのだ。いかなる特定の思考もマインドの自然な状態ではない。ただ、沈黙だけが自然な状態だ。沈黙という概念ではなく、沈黙そのものだ。マインドが自然な状態にあるとき、すべての体験の後に、自発的にそれは沈黙へと立ち帰る。あるいはむしろ、沈黙の背景に反してすべての体験が起こるのだ。

さあ、あなたがここで学んだことが種子となる。表面上は、あなたは忘れてしまうかもしれない。しかし、それは生き、芽吹きの季節は訪れ、成長し、花を咲かせ、実を結ぶだろう。すべてはひとりでに起こるだろう。あなたは何もしなくてもいいのだ。ただ、それを妨げてはならない。

 

青空禅の伊東先生も、これと同じことを根気づよく伝え続けているんですね。

 

灯台の元に、光を。

ひとり遊びしているみたいだな。

 

 

断片

IMG_9338

土曜の午後。

パリみたいだね、と友だち。

たとえおばかさんだろうと、カタチにしたのはえらかった、

男前の一本筋金入った可愛いひと。

 

 

 

FullSizeRender-178

ふと振り返ると、白いビルが目に入って、

偶然にもあそこの窓から今いるこっちを見ていた夕方が甦った。

 

 

 

 

 

FullSizeRender-177

生きることとは呼吸すること。

次は、食べて寝ること。当り前。

迷うことは真剣に生きている証し、とその人は言った。

 

 

 

 

IMG_9347

 

 

 

動き、食べ、笑い、怒り、泣き、考え、学び、もがき、遊び、

間違え、働き、尽くし、世話し、愛し、感じ、見て、聞いて、

生きた。

与えることも受け取ることも同じ。

なんと愛すべき人間。