記憶と期待を放棄しなさい

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マハラジ:
ならば迷うがいい。あなたが有能で自信があると感じているかぎり、

実在はあなたの手の届かないところにあるのだ。

あなたが内なる冒険をひとつの生き方として受け入れないかぎり、

発見はあなたに訪れないだろう。

 

質問者:
何の発見でしょうか?

 

マハラジ:
あなたの存在の中心の発見だ。それはすべての方向、すべての手段と結果から自由なものだ。

 

質問者:
「すべてに成れ、すべてを知れ、すべてを持て」でしょうか?

 

マハラジ:
「何にも成るな、何も知るな、何も持つな」だ。

これが唯一生きる価値のある生き方、唯一手にする価値のある幸福なのだ。


質問者:
目的が私の理解を超えたものだということは認めましょう。少なくとも道を示してもらえませんか。

 

マハラジ:
あなた自身で道を見いださなければならないのだ。

あなた自身で見いださないかぎり、それはあなた自身の道ではないだろう。

そして、それはどこへもあなたを導きはしないだろう。

誠実にあなたの見いだした真理を生きなさい。

理解したわずかなことにしたがって行動しなさい。

あなたを導くのはほかの誰かの賢さではなく、あなた自身の誠実さなのだ。


質問者:
私は過ちを犯すことを恐れるのです。とても多くのことを試みてきましたが、
何にもなりませんでした。

 

マハラジ:
あなたはほんのわずかしかあなたを捧げていない。単に興味があるだけで、誠実ではないのだ。

 

質問者:
それ以上良い在り方を、知らないのです。

 

マハラジ:
少なくともそれくらいは、あなたも知っている。

それが表面的なものであることを知り、あなたの体験に価値を与えることはやめなさい。

体験が過ぎしだい忘れなさい。

清らかな無我の人生を生きなさい。ただ、それだけだ。

 

質問者:
倫理がそんなに重要でしょうか?


マハラジ:
騙してはいけない、傷つけてはいけない     それは重要なことではないかね。

何よりも、あなたは内面と外面の調和する内なる平和が必要なのだ。

あなたの信じることをしなさい。そしてあなたのすることを信じなさい。

それ以外のすべては時間とエネルギーの浪費なのだ。

 

 

I AM THAT   Talks with Sri Nisargadatta Maharaj

『記憶と期待を放棄しなさい 』 より抜粋

 

青空禅への道

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私は在る。

そして、私が在るゆえにすべては在る。

「私は誰か?」という質問に答えはない。

いかなる体験もそれに答えることはできない。

なぜなら、真我は体験を超えているからだ。

 

シュリー・ニサルガダッタ・マハラジ

 

 

今週の土曜日は、青空禅のワークショップです。

最近、青空禅フォーラムにも新しく来て下さる方が増えてきています。

いつも先生のお話の後にお茶とオヤツを用意して、

夕暮れのひとときを参加者同士、そして先生と、おしゃべりしたり質問したりしています。

 

 

少し前に、初めて参加された方が、

 

「伊東先生がフツウなので、安心しました」

 

と小声で私におっしゃって、可笑しくて思わずぷっと吹き出してしまいましたが、

いやなんとも素直で素敵な感想です ♪  。

そう、伊東先生は、

 

 

ある意味とてもフツウで、たいへん人間的で、

オレ様くんじゃないし、

ギラギラビカビカしていません(笑)。

 

 

 

だから安心して来て下さいね。

広告塔ネオン的なギラギラはないけれど、

真我にまつわる知識の幅とご自身の体験の多様さと的確な読み(笑)は、

本物、信頼できます。

 

 

青空禅ワークショップ(あと2日!)からでもいいし、9月からの青空禅フォーラムでもいいし、

ピンと来たらぜひ  ここから  お申し込みしてくださいね。

 

iMedic & Art とプロトマニアは、共催でこの青空禅を運営しています。

プロトマニアでの青空禅フォーラムがどんな様子かは、

プロトマニアの Facebook に写真がアップされているので、見てみてください。

青空禅の場の空気みたいなものが伝わるといいなと思います。

そして内容的には、先生のウェブサイトに講演の様子の動画や、

先生ご自身のことばがブログで発信されていますので、

こちらもどうぞ〜

 

 

青空禅で、伊東先生が「答え」をくれるのではありません。

探究する人、興味を持った人のこんがらがった結び目を、的確に見て解いて、

入口へ案内してくれるのです。

それには、こんな誠意ある案内人はきっと他にいないと思います。

 

 

マハラジ:
あなた自身で道を見いださなければならないのだ。

あなた自身で見いださないかぎり、それはあなた自身の道ではないだろう。

そして、それはどこへもあなたを導きはしないだろう。

誠実にあなたの見いだした真理を生きなさい。

理解したわずかなことにしたがって行動しなさい。

あなたを導くのはほかの誰かの賢さではなく、あなた自身の誠実さなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月がくるたびに

20150728

 

今朝、母がふと、

「夏になると広島に行ったのよね。広島に行くといつも海水浴に連れて行ってもらった」

と言いました。

母方の家は広島で漢方の薬屋さんをしていたらしいのですが、

戦争中女学生だった母は、原爆が落とされた時、広島に疎開をしていました。

私はその頃の体験をよく聞かされて来ました。

 

もうすぐ8月。

小学生の時に課題図書で読んだのが『八月がくるたびに』という本。

長崎の原爆のお話です。

細かいことは覚えていませんが、その本を読んだ時に感じたのは「恐ろしさ」。

今でも思い出すと、身体の感覚も一緒によみがえります。

おそろしさなのか、まとわりつくような重さか。

子どもが受け止めた、衝撃。

 

この本が忘れられないのは、

戦争や原爆の悲惨さ、恐ろしさを伝えて平和を考えさせるということもですが、

子どもにそんな衝撃的な本を与えた作者、出版社、学校の、凄さ、鋭さ、覚悟の熱。

今だったら、子どもたちはもっとやんわりしたフィルターで守られてしまうかもしれません。

挿絵は、あのクマさん、篠原勝之さんが描いていたと、後になって知りました。

それもけっこうオソロしくて、一般的な子ども向けの絵ではない本。

8月になるとふと思い出す、小学生の頃に読んだ本です。

 

 

青空意識とか非二元とか悟りとか言っていると、

ちょっと特別意識で、個人的な心の何かを満たそうとしているように聞こえるかもしれませんが、

すべての道は、最後に平和という名の『 静けさ 』にたどり着きます。

 

先週、インターネットテレビでお話した ゼロ・セラピストの坂本範子さんが放映の中で、

広島には平和に対する祈りのベースがある、というようなことをおっしゃっていました。

長い間、仕事を一緒にして来た版画家の福本倫ちゃんも広島出身で、

先日の宮島初上陸の時に感じた広島人のオープンな印象をお話しした時に、

「  広島の人たちってなんだか結束力ありますね〜 」と言ったら、

「やっぱり原爆でいったん何もなくなったところから立ち上がらなければならなかったから、

みんなで助け合って、サポートしよう、がんばろーみたいな気質が知らないうちにあるのかも。

カープ(野球の)の応援もそうでしょ、俺たちが応援しないで誰がする!

みたいな勢いでしょ(笑)、熱くるしいくらいあっついんですよ〜」

と言っていました。

うん、確かに熱いわ♡

あの熱さは、平和の意味を実感した人たちが、戦争の間の生活や状況を体験していない人たちに、

有言無言で伝えて来た日々の祈りが紡いで来た熱さと思います。

 

過程がどんな風に見えていても、すべては静けさへ。

今朝の母の何気ないことばから、そんなことを考えました。

 

 

 

ただ本当に見えている

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今日の東京はとてもとても暑かった!

プロトマニアでは、中尾流の第15回これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座。

今回は、クリムトの風景画をひとしきり見て、野獣派と言われるフォーヴィズムへ。

 

フォーヴィズムの作家といえば、代表格はマティスです。

カラフルな色彩の作品は、きっと誰でも見たことがありますよね。

緻密に描き込む、のではなく、色の効果でそれをそれとして見せる。

参加者からは、好き、わからない、といろいろ意見が出ました。

子どもでも描けそうな絵、という印象もあるようですが、

色の効果で遠近感を出したり、ある色の美しさを際立たせるための配色やかたちなど、

実は緻密な計算がある、というところまでわかりました。

中尾先生の明快な解説を聞きながら、

最初は「なんじゃこりゃ?」だったのが「なるほど〜」に変化していく目のおもしろさ。

 

 

私は絵を見ているとつい夢想してしまうのですが、

 

 

本当は、ただ見えたそのままを描いていたりして。

 

・・・・・ 笑

 

アートは、既存のものの見方を揺さぶったり、価値を疑わせる鍵でもありますが、

ゴッホには本当にあんな風に空が見えていて、クリムトには林の風景はただそう見えていて、

マティスには本当にそこに緑の線がなくてはならなかった、とかね。

それじゃ、思想も技術も研究も歴史もなくて、

元も子もないということになっちゃうので、却下かな。

 

世界を丁寧に見ていると、

実際そういう瞬間があり、そういうカタチがあり、本当にある色、光景かもしれません。

それを再現して描いてしまえるところが芸術なのだけど。

世界は本当に美で充ち満ちているような気がします。

 

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夕暮れの半月

 

信頼する

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ラマナ究極、パパジ大好き♡と言いつつ、

実はマハラジが一番好き、だったりして。

 

「本当の気持ち」なんて、誰にもわかりませんよね〜

以前、青空禅フォーラムに来ていて、

笑顔で静かに落ちて、スッと去って行ったひとに教えてもらった、マハラジさん。

 

 

実在を探究することは、すべての仕事のなかでもっとも危険なものだ。

なぜなら、それはあなたの住んでいる世界を破壊するからだ。

しかし、もしあなたの動機が真理と生命への愛であるならば、恐れる必要はない。

 

I AM THAT   Talks with Sri Nisargadatta Maharaj

 

和サンガと非二元とゼロ・セラピストのんちゃん

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私がプロトマニアという都会の寺子屋をつくろう!と思い切ったのはこんな夏。

あの頃から青空禅フォーラムの1年コース、和サンガをやりたかったんだったな。

大阪や広島で既に行われていた1年コースの和サンガ。

家族の事情があって遠くまで通うのはなかなか難しかったけれど、

どうしても集中して仲間と学んでみたかったのでした。

ようやく東京和サンガの実現が、なんとな〜〜〜〜〜〜く、

向こうの方に見えて来たような今年の夏です。

 

その広島和サンガの主催者、のんちゃんこと坂本範子さん。

プロトマニアの青空禅に数年前、ひょっこり参加して下さったのが初めての出会いでした。

そして、この5月に参加した宮島リトリートでは、私の初リトリート体験をさせていただきました。

 

坂本さんは「ゼロ・セラピスト トータル・ビューティーセラピスト」

という肩書きでお仕事をされています。

美に関するスペシャリストであり、

心理学やセラピー、ヒーリングなど多方面の学びと実績をお持ちで、

さらに数年に渡って伊東先生のもとで研鑽を積まれて、今では広島のラジオ番組に出演したり、

今週25日(土)はインターネットテレビ「アースTV」でもお話をする、

非二元のセラピストです。

 

のんちゃんのブログは、のんちゃん自身の言葉で綴られた表現がとてもシンプルなので、

非二元がどんなものか、それと知らない方にも伝わりやすいのではないかと思います。

のんちゃん自身が、それと知らずに実は非二元に向かっていた!(笑)と告白されているので、

しきりにここで言う「それ」とは何? という方はぜひ読んでみて下さいね。

美のスペシャリストだけあって、ご自身おきれいなのですが、

どこか「姐さん」なアネゴ肌、ところどころお茶目、のち男前、みたいな、

ココロサッパリした魅力の女性です。

 

たとえばあなたの頭の中でモヤモヤする黒い雨雲も、モクモクと成長しそうな白い積乱雲も、

髪をクルッとアップにして、大きな瞳でジッと観察して、きゅっと口を結んでしばし沈黙、

「 雲はとても小さな水の粒が集まっているだけ。

本当は色もない、透明で何もない、光を当てるからそう見えているだけ。」

と、やさしく♡あなたの手をとって、的確な方向へとリードしてくれる、

そんなセラピストだと感じます。

 

 

プロトマニアでは、溝口あゆかさんのご縁から、

非二元のセラピストの方たち主催の会も開かれます。

湯浅和花さんや小貫淳子さんがガイドとなって8月末に行われる非二元の会、

こちらはもう満席だそうですが、もはやそれだけ非二元はフツウに身近だってことかな。

 

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それにしても女性はみんなキラキラしていますね。

体力気力がバランスよく充実した年代の女性たちが引っ張る世界は、

愛と美と平和に満ちている!

 

さて青空チームの坂本範子さんは、広島で行われているハッピースマイル写真展

にも参加しているそうですが、

プロのカメラマンが撮ったのんちゃんのポートレイトに、

どんどんきれいになっている!とお友達が   facebook で いいね! の嵐(笑♡)でした。

私は、メガネなしのんちゃんの妖しい目がいい〜♪

 

非二元とは、女性も男性をも、

本来の生命の美しさに輝かせるエネルギーに充ちている、のでしょう!

余分なことがどんどん削ぎ落されて、シンプルでスッキリしていくのだ〜

ということで、ふと思い出した有名な詩。

 

 

「あなたはだんだんきれいになる」

をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか。
年で洗はれたあなたのからだは
無辺際を飛ぶ天の金属。
見えも外聞もてんで歯のたたない
中身ばかりの清冽な生きものが
生きて動いてさつさつと意慾する。
をんながをんなを取りもどすのは
かうした世紀の修行によるのか。
あなたが黙つて立つてゐると
まことに神の造りしものだ。
時時内心おどろくほど
あなたはだんだんきれいになる。 

 

『智恵子抄(高村光太郎著/新潮文庫)』より

 

 

 

あ、そうだ、青空禅フォーラムのキャッチコピーに、

 

あなたも青空禅で美しくなりましょ〜

 

って入れたらウケるかな、伊東先生には苦笑されるかな。

 

美しくなってもよし、ならなくてもよし

 

って言われちゃうな〜

 

 

 

 

青空禅ワークショップに来ませんか〜♪

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風が勢いよく気持ち良く吹いていて、カラリと夏の陽射し。

今日という日に、光と風しかないような潔さ。

 

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ね、すごいでしょ。

風に吹かれて、空にはな〜んにも無いんです。

これぞ青空?

いえ、そもそも青空ってものが、実在するのかしないのか???

じっと見ていると遠近感がなくなって、思考ちゃん混乱(笑)。

底がぬけて底なしへ。上も下も右も左もなく、拠り所もなく、

くるくるくるくるくる。

私はどこにあるのかな?

 

 

7月の青空禅フォーラムでは、伊東先生のブログにあった、

思考うさぎを黙らせる」ワークをみんなで実際にやってみました。

(伊東先生のブログ,軽やかでとてもオモシロいのでぜひ読んでみてください。)

わたくし、これを毎日やってみています。

普段、自分が一番気にしていることとそれの反対をノートに書き出して、

その「正反対」をぶつけちゃう。つまり、どちらにもOKサインを出してみます。

たとえば、

 

こんなこと許せない ことがあるとします。

 

そうしたら、 許せない と  許す

 

の両方を肯定します、

 

許せなくてもよし、 許せてもよし

 

と。

その時に自分の中にどんな感覚がありますか? と見てみます。

 

頭では、だって許すなんてしゃくに触る!とか、許せないちっちゃい自分がいやになる!

とか、どちらでもよしなんて、無理無理ムリムリ!!!!!!〜〜〜〜〜〜〜〜

ってなりそうですね。

だけど伊東先生いわく、

 

頭で考えたら無理、頭ではなく胸に手を当ててあなたのハートで感じてみて下さいね。

 

どちらもよし、と言った後ほんのちょっと、かすかにふわっとしたり、静かな感じがしたら、

それそれ、それです、その感じ。

それが、二つの思考を同時に見る特異点の入口。

できてもできなくても、しばらく続けてみるとなんとなく落ち着いていることに気づくかも。

そして+思考と−思考をそうやって肯定していくと、

どちらも知らないうちにその入口に吸い込まれて消えてしまう、というしくみ。

 

青空禅は、自己の本質に触れる場、とご紹介しているので、

日常と離れたことを考えたり求めているような印象があるかもしれませんが、

こういうワークは、毎日の当り前の出来事に通じていて体験が生きていきます。

青空意識に触れたり、たとえ悟れても、

いわゆる大成功したりお金持ちになったりモテモテにならないけれど、

そんなことはどちらでもいいや、

というところで生きている、というのはずいぶんと自由で素敵なことではありませんか。

 

そんなワークをみんなでしたり、伊東先生のライブ白熱教室、

青空禅ワークショップは8月1日(土)午後開催 です。

お申し込みは こちらから どうぞ〜♪

 

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一番星と月。

 

 

 

 

 

 

 

 

青空という選択

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めまぐるしく変わる空模様とともに、世の中はちょっと荒れ気味です。

戦後70年のこの夏に、戦争に巻き込まれる可能性に満ちた法案が、

あれよあれよという間に成立してしまいました。

「国民の理解を」と言うあなただって、他でもない国民であって、

わたしたちの理解を」と言い替えたら、

世界の見え方が変わるんじゃないかなぁとぼんやり考えます。

 

2000年代の初めにイラクへ米国が侵攻し、

その時、有事、日本が戦争に参加する可能性が高まる法案を与党が通そうとしていました。

そして、世間ではそれに反対する大きな抗議行動がありました。

私もその時に、代々木公園を出発点に行進するデモにひとりで参加しました。

その時のパートナーにはとてもビックリされましたが、

反対の気持ちを目に見えるカタチにすることが、私の精一杯だったのだと思います。

 

結果は、大量破壊兵器を持っている(かもしれなかった)イラクを米国と英国が攻撃し、

フセイン政権が崩壊しました。

劣化ウラン弾がたくさん使われて、イラクの子どもたちだけでなく、

米国兵士もまた、長い間その被害に苦しめられる結果となりました。

 

 

今朝、ある方のブログを読んで、共感しました。

まず自分から始める平和、とありました。

マザー・テレサの言葉もありました。

 

「私は反戦運動には参加しません。でも、平和運動には喜んで参加しますよ」

 

反戦と平和。

イコールのようでイコールではない。

ことば遊びではありませんよ。

目に見えないけれど、言葉が孕んでいるエネルギーはまったく違います。

 

戦争ハンターイ! とデモに参加することも一つの選択でした。

今のわたしは、他の選択肢も知っています。

自分の内を平安にするという選択。(もちろん、外の世界に無関心でいることではありません)

大きな行動をする前にとても身近な自分から始めます。

簡単そうに聞こえますか?

平安、平和を選ぶ、とは、言うほど、聞くほど、たやすいことではありません。

ささやかな心の平和ですら。

やってみるとわかります。

相手を批判する、責める、支配しようとする、優位に立とうする、…

普通、人間はそんな闘いを心の中でしきりとやっています。

それは信仰や罰則をもって抑制してもしきれない。抑制は根本解決ではありませんし。

 

 

平和を願う気持ちを持っていて、では自分は何をすればいいのだろう?

ジャンヌダルクの正義の物語ではありません。

いますぐここで出来ることは、ひと呼吸で「間」をあける、無心の一呼吸です。

戦争も平和も、善も悪も、光も影も、すべてがただ在り、何もない、言葉を超えた虚空。

何もせずじっとしているように見えて、凄いエネルギーが動いている、のかもしれない。

ちょうど、祈りのすがたのように。

 

 

 

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青空禅フォーラム、めぐるめぐる

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このところ、夕暮れの空が素晴らしくきれいですね。

美しいものは、あちこちにあって、それを発見した時の嬉しさ、高揚感をつい伝えたくなります。

今はインターネットのおかげで、誰でも簡単に自分の想いを広く世界に発信できるし、

受け取ることもできます。このブログもその一つ。

 

私が、数年前に青空禅フォーラムで伊東先生がお話することを聴いて、

自分の周りにいる男性たちが聴いたらいいのに!と切に切に思いました。

こんな世界があることを伝えたくなりました。

競争社会でバリバリ働いて、エリートで立場もあって、家庭でも役を担っていて、

でも、女性ほど本音を言える相手やチャンスがなくて、

会社なら会社のコモンセンスの中で生きなければならない窮屈さ、ヘトヘトで頑張る男!

きっと青空意識のお話は、風穴になるんじゃないかなと思いました。

 

最近、子どもたちが巻き込まれる事件や、子どもが起こす衝撃的な出来事をニュースで見ると、

もっとお母さんたちが青空意識のお話を聴けばいいのに!と思います。

もちろん、今も青空禅フォーラムにはお母さんたちが参加しています。

あまりステレオタイプにくくってしまうのもなんですが、

お母さんはやはり家庭の太陽みたいなもので、照らしたり、動かしたり、育てたり、

その役目は大きいですよね。

私は今、母というしごとが染み付いた80代半ばの老母をみていて、そう感じています。

 

でも、現代のお母さんはお父さんに負けないくらいいろいろ抱えています。

お母さんはお母さんだけじゃなく、女性であり、妻であり、人間であり、

お父さんは仕事だけじゃなく、お父さんであり、男性であり、人間です。

お母さんが健やかにおおらかにリラックスしていると、お父さんは気持ちいいし、

子どもたちは敏感にそれを感じるだろうなぁと思います。

 

 

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私はお母さんでも奥さんでもないので、ちょっとズレているかもしれませんが、

思いつきで、

そうだ! お父さんとお母さんが一緒に参加するような青空禅フォーラムがあるといいな!

と思いました。

 

青空意識というのは、悟り、自己の本質、真我、非二元、…いろいろなことばに表され、

平和、平安、静けさ、至福、愛、… いろいろなイメージ表現もついていて、

苦しい人が楽になりたくて求めるもの、とか、暇な人が考えること、とか、

精神世界系、オカルト系、スピリチュアル好きの一種、とか、

自分は特別だと思っている人だけが知っていること、とか、

そんな風に思っている方もいるようなのですが、そうでもいいしどうでもいい、のです。

たとえきっかけがそうであっても、

青空禅の奥には、

 

最初に期待していたことと、実はぜ〜んぜん違う

 

っていうことが待っているのです。

 

いつも幸せなひとなんていないし、それでも生きていかなきゃ行けないし、

それでもちゃんと生きていくし、それが人間じゃない!

「本当の私とは? 私などいないのです」ってなんじゃそれ???

と友人が言いましたが、その通りだと思います。

伊東先生のお話を繰り返し聴いていくと、

同じ言葉や同じ表現が、ある時、全く違って受け止められることがあって、

あぁ、そうかそういうことだったのか、と、たった今聴いたような新鮮な驚きを感じます。

その、あぁ! があるその度ごとに、ちょっとゆとりが生まれ、うふふ、と笑みがこぼれます。

そして、「それでも今ちゃんと生きている」ことをあらためて味わいます。

なぁんだ、シアワセじゃん!

ドラマティックじゃないけど、それに気づいたらとってもシンプル。

 

その先に何があるかは、自分で確かめないとわかりません。

その先は、伊東先生の「和サンガ」で継続して青空意識に触れることを習慣にし、

コツコツと実践すること、それを深めてみる、という選択肢があります。

私のように、いつどこできいたのか「真理の探究!」と勇んで生きて来て、

ようやく青空禅にたどり着くこともあれば、

運命の風にのったようにかる〜い気持ちで青空禅フォーラムに参加して、

自ずとその先へ向かう人もいるのでしょうね。

 

 

和サンガが東京でスタートしたら、そのうち生まれるかも、と本日の妄想。

いいな、いいな!

頭で考えないで風に吹かれて。

 

カップルや夫婦や、恋人同士でいっぱいの、青空禅フォーラム!

もちろん、おひとりさまも大歓迎!

 

伊東先生、どうでしょか?(笑)

 

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ことばの世界

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バラ。

ひとつとして同じカタチはない。

そのことにある朝、ふと驚き、感動した時の写真。

 

ことばがこの世界を作るから、慎ましく言葉を発したい。

でも、選ぶ間もなく言葉はすでに決まって発せられる。

だんだんと、言葉がなくなっていく。

それでもことばの持つ力やことばそのものは愛おしい。

 

ゆっくりゆっくり、丁寧に見ている。

どこかで読んだり、誰かが言った、聞いたことばに乗っ取られていないかしら。