なぜ?と問わずに今を生きる

anemone

 

今日は立春ですね。

今日は朝からいいことがありましたよ。

とってもささやかだけどね。

 

数年前に、逝ってしまった相棒犬のハリーと朝の散歩をしている時、

よく出会う方がいらしたのですが、

今朝、朝の散歩道をサッサか歩いていたら、じーっと私を見ている人がいて、

それがその方でした。

 

まぁ久しぶり! よかったわ〜また会えて。

 

と言ってくださって、私も嬉しくなりました。

どこのどなたかも知りませんが、朝だけのトモダチです。

 

私の母は高齢で、記憶がすぐに無くなってしまいます。

話している時は普通の会話なのですが、ちょっと前のことは空白。

忘れてしまう、というよりも、記憶がほぼインプットされないのだろうと思います。

慣れたとはいえ、今朝もひっくり返りそうな応答があって、ふふふと笑ってしまいました。

そんな風にちょっと普通とは違う母をずっと見ていて、

瞬間、瞬間だけに居て今を生きる姿は、ちっとも変ではないし、不都合でもない気がしてきます。

 

分からないということは、人間にとってとても不安ですから、

今に至るまで、本人はその変化に抵抗していました。

なぜ私の頭は変になっていくの? バカになって行くの? … ずいぶん苦しかったと思います。

もちろん今でも分からないから同じことを何度も言われたり、聴かれるので、

あちらもこちらも大変なのですが、

母の笑顔は、どんどん穏やかで和やかになっています。

安心できる場所にいるのかなぁ。

 

瞬間、瞬間を楽しもうとしているのとは全く違っていて、

ただ瞬間に在る。

だから、あんな風にいい笑顔になっているんじゃないかなぁと、

真理の探究ムスメ的には思うのでありました。

 

気づいているに気づいている、ふんわり咲いている白いお花のよう。

 

 

 

 

 

 

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