全き

bluestar

 

このところ世界はとても不穏ですね。

フランスの襲撃テロとその後の世界の動きは、二極に大きく振れるこの世界のすがた。

私は若い頃にしばらくフランスで暮らしたことがあって、

その時に、実際、移民(いうなれば異質なもの)を受け入れて日常に問題が様々ありながらも、

はなから拒絶するのではなく折り合いをつけようと切磋琢磨しているフランスを、

成熟した大人の国だなぁとしみじみ思っていたのです。

今回の事件とその後の大デモ行進。世界の連帯…

インタビューでマダムが、「皆が笑顔を交わしてボンジュールと言えるフランスでなくては」

と言っていました。

一方で、イスラム教や移民自体を攻撃する動きがあり、それを危惧する意見もあります。

新聞で読んだのですが、

フランスの歴史人類学者は、テロを正当化はしないが、移民の子どもたちが人生に意味を見出せず、

犯罪へと向かうその社会構造を考え直さなければいけないと言っていました。

 

今夜のニュースでは、最近過激になって来ているヘイトスピーチのことを取り上げていました。

在日の人たちに体する攻撃的なデモやスピーチ。

このことも、私は以前、新宿でたまたまその行進に出会って、

スピーカーからがなり立てられることばに心底驚いて、本業のブログに書いてしまったほどでした。

自分の友人や隣人がその対象になっていたら、痛いほど悲しい、と書きました。

このヘイトスピーチに参加する人たちは、ごく普通のサラリーマンや主婦や学生でもあるそうです。

その動機は、外国人に生存権を脅かされる、という不安感にあるとの分析でした。

ヘイトスピーチの中身は、はっきりとした主張があるわけではなく、

実は意味の無いキャッチーで過激な言葉の繰り返しで、

それを聞いてそのまま信じ込む人たちがさらに生まれるという。

100%、正しく美しいか、100%、間違っていて敵視すべきものか。

これも二極の極端な現れです。

 

今、なぜこんなにも暴力的な危うい二極が現れているのでしょうか。

 

私がここで何を書いたり行動したり言ってみたところで何も変わらないさ、とは思いません。

マザーテレサが来日した折、志のある学生がコルカタに行ってお手伝いをしたいと申し出たことに対して、

「あなたはコルカタに来ることはない。あなたの周辺のコルカタで行動してください」

とおっしゃったことを思い出します。

そして、青空禅フォーラムですっと聴いて来た「二極を超えたところにある平安」に今こそ思いを強くします。

人間は誰でもが二極の中にいて、誰でもが極に傾く可能性がある、あなたもわたしも。

自らの軸を意識しなければ、いつの間にかサイレントマジョリティになっているかもしれません。

 

この世界の本質を知りたい生きたいと言いつつ、Love and Hate の間を揺れ動き続けていたし、

嘘に対して怖れでいっぱいになり、信念ゆえにジャッジして、

二極のあいだを揺れては戻って、たまに凪いでいました。

人はなぜ悟りや本質や真理、真我、存在、神、源、意識へと向かうのか、

それは個人的なことでは全くないのだということが、つくづくわかったような気がします。

 

 

 

 

 

 

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