落ち着きたいワタシ、には無心のひと呼吸

lovely!

さぶいっ!

今朝の東京は雪が降っていました。

明日は青空禅フォーラムだから、晴れるといいなぁと思いながら、

門のまわりの雪を掃きました。住宅地の道は雪に弱いのだ。

その雪は、今は冷たい雨に変わっています。

明日はきっと晴れ。

伊東先生はなかなかの『嵐を呼ぶ男』でもあるのですが(笑)、

青空禅は前日までが大嵐でも、当日はほぼ、良いお天気です(ニッコリ)。

 

 

自我はとにかく落ち着きたい

 

わかりたい

知りたい

分けたい

何かにすがりたい

 

もぞもぞ落ち着かないのが大嫌い。

だからネットを見たり、誰かにメールをしたり、理由を探したり、

応えやよりどころを見つけようとワサワサ。

何かで埋めようと隙間がない、間がない。

挙句の果てには、真理の探究や、真我という概念にまでしがみつきます。

 

 

…   ということを、まずは覚えておこう。

もぞもぞやイライラに気付いたら、無心のひと呼吸。

知ろうとする、よりも、知らない、にひと呼吸とどまろう。

知っている、より、知らない、はずっと自由。

わかった、より、分からない、はずっと自由。

自由も概念だけど。

 

迷子にならない

shimocafe

私の部屋は、ものや植物がた〜くさんあるのですが、

全部、好きなもの。

だから、ごちゃまぜでも全然気にならないんですね。

でも、人が見たらひっくり返ってしまうかも!

居心地が良いから、そんな空間が問題な〜い、なんですね。

スタイリッシュなインテリアも好きなのですが、

どこかにずっこけた感じがないと、どうも落ち着きません。

 

私の祖母は、お金持ちじゃないけどほんの小さな贅沢をして日々暮らしを楽しむ人だったから、

舶来の(笑)きれいな紙ナプキンとか、

ちょっとあか抜けた(どんなだ?)スプーンを使ったりして、

ささやかなことでハッピーに静かに、ひとり暮らしていました。

 

 

もっともっと、と探したり、求めたりするから、技術や知識は向上するのですが、

何を一番に優先するか? ということを忘れないでいることは、

本当の自分が「迷子」にならないみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙と静止

aozorararara

今週土曜日は青空禅フォーラムです。

先日、私は Facebook にこんな風に書きました。

 

・・・・・・・・・

プロトマニアを作ろうと思ったのは、この青空禅フォーラムがきっかけです。
長い間、いつも考えてしまった『永遠ってあるのかな?』『変わらないことってあるのかな?』
『人間って、わたしって何だろう?』。
それは幼馴なじみの突然の死や思春期の孤独感、不安、同じパターンにはまる恋愛や思考ぐるぐるなどなど…
私の「生きる苦しさ」から生まれた問いだったかもしれません。

きっかけは何で、何時であれ、それからウン十年問いつづけたその問いの先にあるもの、
つまりこの世界をあらしめている「本質」に触れる場、
青空禅フォーラムというものに出会い、学び始めました。

知識だけではなく、すっぽりそれに転換する。
そのためのコツやヒントを、伊東先生はたくさん教えて下さいました。
あとは実践するだけだから、やってみる実践の日々。
難しいことじゃないんだよ、と言われても、とにかく不器用でなかなかうまくいかない。
長年の考え方の癖や感情の波に何度も引き戻されます。
それでも、以前よりずっと慌てず、穏やかな感じ。

 

一瞥体験というスペシャルな体験も不思議な体験もありませんが、
伊東先生はそんなものはあってもなくてもいいんだよ、とただニコニコ。
地道にコツコツでいい、と先生や仲間や自分に(笑)励まされながら、
ただ本当の在り方、生き方でいたくて続けています。
私の説明はへたくそですが、ちょっとでも何かが伝わったら、
ぜひ一度青空禅フォーラムへいらしてみてくださいね。

 

・・・・・・・・・

 

「あなたみたいに恵まれた人が、どうしてそんなに真面目にそれをやり続けるか、わからない」

と言われことがあります。(私が恵まれているかどうかは別として)

私は、この人生で周りと同じような幸せの条件を満たし、知識を得たり、貢献したり、

善人であろうとすることを放棄していたわけではなく、それも自分なりに努力しています。

でも、いつまでも消えない、言葉にならないもどかしさを抱えていました。

そのもどかしさの正体を、青空禅に通いながら少しずつ手探りでわかっていきました。

それそのものが「わかった」のではありません。

これまで読んで、聴いて来た、たくさんの言葉。

何度も何度も聴いて、聴いた、理解したと思っていたけれど、

それは、ことばを聴いて、ことばを理解していたということ。

 

ここでの言葉は、行く先を示している大切な「道しるべ」です。

そのことがようやく本当に腑に落ちた時、

実践することはただ、沈黙し、静止し、空白。

できてもできなくても、ただ繰り返し繰り返しそこへ向かいます。

 

だってそれは、理解するもなく、わかるもわからないもないし、

やっと落ち着いたもなく、目的地もないのだからね。

なんにもない。

それが源。

 

 

「本当の自分」—。すべての人の深奥にあるこの感覚は、

「静寂な心」と切り離すことができません。

「本当の自分」こそが、名前や形を超えた、あなたの本質です。

 

静止とは、単に音がないこと、空っぽの状態を意味するのではありません。

静止とは叡智そのものです。

それは万物が生まれくる、形態の奥に横たわる意識です。

それがあなたと離ればなれであることなど、あるでしょうか? 

あなたが「わたし」とみなしている形態を生じさせたもの、

あなたの生命を支えているものが、「意識」です。

 

では、叡智とは、いったいどんなもので、どこを探せば見つかるでしょう?

叡智は静止することによって、身につけることができます。

なにはともあれ、見つめてください。

耳を澄ませてください。

それ以上、なにも要りません。

 

『 Stillness Speaks  』エックハルト・トール著より 抜粋

 

 

キラキラと。

emiemiemie

土日はプロトマニア。

 

土曜日は、さいとうえみさんのボディーバランスセラピーでした。

プロトマニアのセラピーはとってもいい気持ちです。

セラピストのえみさんが素晴らしいのは既にお伝えしましたが、

その上、プロトマニアの空間の真ん真ん中に施術ベッドを置いて、

ふわーんと独り占めの100分セラピーだからね。

 

人間は、一般的にはちょっと閉じた狭い空間の方が安心すると言いますが、

えみちゃんのセラピーにはこの何もない広さと明るさが合っているのだと思います。

 

私は基本的にセラピー中はその場にいないのですが、

終わり頃に戻って来ると、セラピーが終わった方の目が最初にいらした時と全然違うので、

思わず笑みがこぼれてしまいます。

お顔はスッキリ、目がキラキラしています。

「飾ってある絵がハッキリよく見える!」とおっしゃっていました。

後から感想をメールでいただきましたが、背骨が伸びて顔もリフトアップ、

そして靴がブカブカになっちゃっていました(笑)とのことでしたよ。

 

私たち、本当に自分で思っている以上にあちこち縮こまっていたり、しこっていたりするのですね。

えみちゃんはご本人が気がついていない状態を見つけて、アドバイスと施術をしています。

的確です。

来月は2月28日(土)です。

午後の2回は予約済みで、最終回の17時からのみご予約いただけます。

 

 

そして、今日は中尾陽一さんの「これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞入門講座〜」。

今日のお題は、ボッティチェリでした。

「ヴィーナスの誕生」や「春」が有名なボッティチェリ。

ボッティチェリの作品はどれもなんとなく品が良くて奇麗です。

キリスト教的主題の作品もありますが、異教的な作品こそがボッティチェリの真骨頂でもあり、

一見わかりやすいようで、実は不思議がたっぷり詰まった作品なのだということがわかりました。

 

さらっと見るだけでなく、こうしてひとつひとつを丁寧に見て行くことからは、

「ハイハイ、あれね、もう見飽きたよ〜」っていうような作品も、

実は全然見ていなかった、知らなかったという目からウロコがたくさんあります。

絵を読み解くだけでなく、感じることを促しながらそこへ持って行く、

それがさすが中尾流なのでした。

 

参加の皆さまからは、今日も元気に感想が飛び交いました。

「これはいらない、欲しくな〜い!」とか(笑)

お帰りになる時の皆さんが、本当に楽しそうなキラキラ笑顔です。

 

ここではみなさんそれぞれが主役であり、その他大勢(笑)でもあります。

中尾さんの、押し付けないリード。お見事。

楽しく時間を忘れさせ、知識をたくさんくれるのに理論だけじゃない伸びやかさ。

知る、よりも、味わう、ことへとリードしてくれる中尾流。

2月がお休みで、次回は3月15日(日)13時からです。

 

M.Nakaokan

 

嗚呼、プロトマニア楽しや!

 

 

音を聴く

miyuki

ムビラ、というアフリカの楽器を演奏する青年と出会いました。

親指ピアノ、とも言われるらしい。

たまたま彼を紹介され、どんな音なのかな?とつぶやいたら、

その場ですぐに演奏してくれました。

 

なんとも優しいその音色。

不思議な心地よさ。

音に抱かれているような優しさと、音がからかうように私の周りを動き回るような感じ。

 

これはいつか、プロトマニアでみなさんにもこの音を聴いてほしい、とすぐに思いました。

 

音って、とてもたいせつだと思う。

声、音、からは、いろんなものが直接伝わって来るから。

耳を澄ませて、その音が運ぶものを受け取る。

イエスや仏陀はどんな声でみんなに話しかけたのかな?

 

 

すべてのものの向こうに愛を見る

blueglass

プロトマニアの柱である「青空禅フォーラム」ですが、

この週末は広島でも「静かなる心という贈り物」という素敵なタイトルで、

青空禅フォーラム・広島 の2days 伊東先生講座が行われています。

私がこれを書いている今頃は、実践編ワークショップの真っ最中ですね。

 

禅やヨガは相変わらず国内外で人気。

早朝、禅寺で座禅を組んでから出勤するサラリーマンも多いし、

瞑想ワークショップや心を整えるためにはどうしたらよいかが書かれた本など、

次々に出版されています。

海外には、講演会を開けば超人気アーティストのライブコンサート並みの動員数になる

悟りティーチャーもいるそうです。

ちょっとビックリでしょ?

うまくいかない人生の状況をなんとかしたい、という動機と同じくらい、

真実が知りたい、というシンプルな動機で講演会に集まる人々がいるんですって。

 

私たちが生まれてから育つ間に、意識的にも無意識的にも教わったこの世の流儀は、

世界の中にこの身体と心を持った「私」が、個、として存在している、

が基本仕様でしたが、

禅やインド哲学、悟り、非二元、といわれるものでは、

個がポツンと宇宙の中に分離しているのではなく、

本来あるのは、たった一つ、唯一の源(神・存在・本質・真我・愛などなど)である、とされます。

 

そんなこと言ったって、この身体はちゃんと固体的にあって触覚できるし、

どこが幻なんですか〜?

 

と思われるところを、その常識や信念やこの世の流儀をあえて疑ってみて、

一つずつ丁寧にひも解いては検証して、

本来のわたし の位置を知る、という意識のシフトが青空禅です。

それは、宗教ではないし、哲学でもありません。

実は、この目に見えている世界の大いなる多様性をもっとも受け入れられる目の位置、見方、

ではないかと思います。

 

一つの神を崇めるが故に他を排除するすがた、

何かを信じるが故に閉じて守るすがた、

誰かを特別視するが故に他を貶めるすがた、

そうではない丸ごとの世界をどこで誰が見ているのか、ということを知る。

(知る、という言葉は適切ではないかもしれませんが、とりあえず。)

真理を知る本物であれば、境界や分離はありません。

マザーテレサは、イエスへの愛を貫いた人ですが、

臨終のイスラム教徒にはコーランを読んであげ、

ヒンドゥー教徒には火葬の手配をしてあげたそうです。

 

青空禅の場は、壮大に見えるけれど誰にとっても身近であることに触れる場です。

大きくてシンプルな真実を言葉にすることは、

時として誤解したり勘違いしたりする危険もあります。(本当はその人次第なのですが)

現実が苦しかったり、思考や感情が整理されていない時に、これはすべて幻想です、と言ったら、

憤慨するか、それを逃げ道にして開き直ることもできます。

 

伊東先生が語るように、

本質に気付いたとして、それが何の得になるのか?
  何の得にもなりません!(笑)
しかし、損か得かという自我の想念から、自由になります。

 

ということで、これを知ったところで、苦しい時は苦しい、楽しい時は楽しい、だけなのですが、

問題解決やより良くなることのためにエネルギーを使うのに飽き飽きしたら、

この青空禅が扉である平安へどうぞ、と私も思ってコツコツやっています。

 

これが達成目的なのではなくて、これこそが「基本・ベース」で、

これまで通り、絵を売ったり、会社員をしたり、医療に携わったり、カウンセリングをしたり、

お母さんお父さんをしたり、妻や夫をしたり、介護をしたり看病をしたりするのはいかがでしょう。

 

へんな言い方に聴こえるかもしれませんが、もちろん青空禅だけがすべて、ではありませんよ。

このプロトマニアでもご紹介している方たち、

たとえば「青空と雲」の ikegame さんは、

ご自身の体験や伊東先生の会の忘備録として、とてもすっきり素敵なブログを書いていらっしゃる。

ゼロセラピストの坂本範子さんは、

エステティシャンからカウンセリングの勉強や伊東先生の会で学ばれて、

現在は仕事をするお母さん、妻、主婦、女性の立場からご自分の言葉とスタイルで本質を伝えています。

青空禅で伝えている本来の私の位置、「本質」をベースに、

病気の方たちとサポートし合う活動を長年続けていらっしゃる方もいます。

 

そして、自然体でとてもチャーミングな心理カウンセラー溝口あゆかさん

その門下生の方達、そして海外のティーチャーなどなど、多くの先生たちがいらっしゃいます。

真理はひとつだから、皆、一つのことを伝えていますが、

アラカワヨウコにはアラカワヨウコが一番しっくり来る説明や出会いや表現がありました。

ですから、きっとこれを読んで下さったあなたにも、

これなら! という場と機会があるのだと思います。

 

それが、プロトマニアでの青空禅フォーラムだったら! なおさら、良いのにな!!

3月には沖縄でも「青空禅フォーラム沖縄」がありますよ〜

いつかどこかでお会いしましょう♡

 

 

すべてのもの、こと、人の向こう側に、愛を見る。

その平安に寛いでいることは、

見ることも触れることもできない「本質」への道しるべ。