世界にどう向き合うか、ということ

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世界に向き合う時、どういう態度でいるかということ。

 

大袈裟な言い方ですが、

身近な人を観察していたら、なるほどそういうことかと思いました。

なんだかとても簡単なことなのに、なぜ気がつかなかったのかしら。

 

Action   ではなくて  Attitude

凪にゆったりと身をまかせましょう。

 

 

「あなたにできることは実践することだけです。練習ではなくて、練習などする必要はないのだと気づく日が早く来ることを祈ります。いいですか」と言って、一語一語を強調するために手をたたいた。「自分であることを練習する必要はありませんね。いつも自分なのですから」。彼は立ち上がると、その場で足踏みをはじめた。「わかりますか」と彼は訊いた。メアリーマーガレットの脚が上下に動くのを上から眺めながら、つづけて言った。「これが練習です。わたしは純粋な意識を練習しています。よいしょ、よいしょ。けれども、純粋な意識を感じる練習をしているとき、その意識からわたしは分離されているのでしょうか。練習をやめたら、純粋な意識は存在しなくなるのでしょうか。
純粋な意識はどこに行くのでしょうか。それはいまここにあります。あなたが忘れていようと覚えていようと、いつもここにあります」。彼はため息をつくと、また腰を下ろした。「また同じところに戻ってきたのがわかりますか。これが答えです。意識を感じる練習をしているのだとしたら、それは練習というものをしていることです。けれども純粋な意識というのはあらゆることをしているのですよ。意識に気づく練習をすることも意識の存在を忘れることも含めて、練習することも、忘れることも、練習しないで後ろめたく感じることも、意識を思い出す喜びも、純粋な意識はそれらのすべてをしているのです」
「その意識とわたしの意識との違いは何ですか」。頭が混乱したわたしは思わず叫んでしまった。「何の違いもありません」と彼は言って、わたしの目をジッと見た。「けれどもあなた自身、そのことを直接体験して知る必要があります。そのときまで、言葉の遊びにすぎません」

 

バーソロミューより

 

 

 

 

 

 

 

 

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