青空とただ幸せでいてごらん

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今週の土曜日は、伊東先生の「青空禅フォーラム」です。

伊東先生の「青空禅フォーラム」は、なが〜い歴史があるのですが、

場所を変えたり、より深い内容の会は名称を変えて行われたりして小休止の後、

2013年の夏にプロトマニアで「青空禅フォーラムTOKYO」が再スタート。

名称やカタチは七変化しても、先生が一貫して丁寧に伝え続けていることが

「青空」( 本質、意識、愛、真我、存在、本当のわたし … )だから、

青空禅フォーラムというなまえは、全ての土台みたいな気がします。

 

東京以外でも各地で講演会や勉強会をプロデュースをしている方たちがいらっしゃって、

12月15日(月)16日(火)には、沖縄で「青空禅フォーラムin沖縄」が行われます。

タイトルは「静かなる心という贈り物」

先生の講話会はこれまでも沖縄で開催されているのですが、

「青空禅フォーラム」として継続されていく! そのスタートですね。

日々のストレスやこんがらがった人間関係や悩み事、の元をたどって行って、

どうしたら心穏やかに過ごせるの? という答えに向かう本質のおななし。

科学や禅や心理学やいろいろなアプローチで、あらためてこの世界を見てみる、という時間です。

沖縄の青空禅フォーラムも、多くの方につながりますように!

 

 

このところ、シアワセなワタシ、のことを書いて来ましたが、

幸福って何でしょうか?

幸福とは何だろう?

先生の青空禅フォーラムに参加するようになって間もない頃、

「ただ幸せでいてごらんプロジェクト」というのがありました。

私たちは、幸福であるためには具体的な何かが必要だ、と思いますよね。

たとえば、年収は2千万くらい(笑)、とか、生活はこんなセレブな(?)スタイル、とか、

恋人や伴侶はこんな人、とか、会社でのポジションはこのくらい、とかとかとか。

でも、そんな手に入れては消えて行くようなものを追い求めていたら切りがない。

自分の外側にあると思って欲し続けることは、シンドイです。

本当の幸福、あなたは何だと思いますか?

伊東先生は、「ただ幸せでいてごらん」ととてもシンプルに提案します。

 

 

ただ幸せでいてごらん

今、ここで、君の身体の中で、ただ幸せでいてごらん。

「ただ」とは、なんの理由もなくということ・・・

だから、そのための原因を 探したり、作ったりする必要はないんだよ!

幸せでいられない理由で頭がいっぱいなら、それこそ、なんの理由もなく

ただ幸せでいることができると知るチャンス!

幸せとはこうあるべき!という閉じた想いや望みは、叶わないかもしれない。

でも、その背後に完全に開かれてある、とても静かで穏やかな幸せには、

いつでもどこでも、触れることができる。

君が今、たった今!その気になればね!

でも・・・と、一瞬でも思ったら、あっという間に君はたくさんの理屈に捕まる!

ただ」こそ、それを開く鍵・・・

どうやって?と問う前に、ただ幸せでいてごらん!

うまくできない!と嘆く前に、ただ幸せでいてごらん!

幸せになりたい!と思う前に、ただ幸せでいてごらん!

すると、君は、何者か?

 

伊東充隆 

 

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ふだんの生き方

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11月10日に亡くなった俳優の高倉健さんのドキュメンタリーをテレビでやっていました。

 

生き方が芝居に出る

 

と言っていました。

普段の生き方が芝居に出るのだ、と。

これは歳を重ねると実感しますが、ふだんの生き方が確かに、出ます(笑)。

佇まい、選ぶ言葉、ふとした時の配慮、そして外見にも! …

何もむずかしい話ではなく、

健さんが言うように

「良いトレーナーについてトレーニングしていたら、そのように身体はなる」

というような、とてもシンプルなことです。

 

明日までの命ですと言われた時に何をするか、とか、お金を介した時に、

その人の物事へのスタンスがハッキリ見える、

とラジオで映画プロデューサーが言っていました。

ふだんは自分と思っている思考が、巧みな言葉や言い回し、論理や摺り替えなどで、

本当のことを見えなくしたり、うやむやにしてしまうことがあります。

でも、何かのきっかけで表れて見えるのはふだんの態度。

実にシンプル。

そのシンプルさゆえに、なかなかそれがわかりません。

 

もうだいぶ前の11月10日、私は生まれて初めてダライラマの講話を国技館で聴きました。

ダライラマやチベットに興味があったのではなく、たまたま友達に誘われたのでした。

その日の日記には、

 

 

ダライラマが言うことは、実はむずかしく厳しいことだけれどとてもシンプルだった。

世界の平和のためには、ひとりひとりの心が平和であるように、

Love and Compassion が必要なのだと。

そしてそれが身の周りの人へ、社会へ国へ世界へと広がると。

そのためには、「愛」を実践するためには、

知識で学ぶこと

やると決意すること

努力すること

とダライラマは力強く言った。

そう言う人間になるには途方もない時間がかかるけれど、やると決めたら絶対にやることだと。

思いやりを持ってって。 他者を害することのないようにって。

講話の後のダライラマへの質疑応答で、さっき言ったばかりのことを質問したり、

的外れにも、マジックパワーを送ってください(苦笑)みたいなことを言う人たちに対しても、

イラつくことなくさらりと流しているダライラマ。

この人は世界中を廻って一所懸命人間の幸せを説いているのに、

こうしてがっかりさせられることが山ほどあるのだ。

それでも諦めずに淡々と世界平和と人の幸せのために生きているのだ、

これだけ関心を持つ人がいてもその真意をそのまま受け取るひとは少ないのに。

 

 

と、その頃のワタシは書きました。

同じ言葉の中に、今は違うものを見ることができますが、

きっとその時見たことも真実だったと感じます。

 

11月10日はワタシの誕生日です。

ふだんの生き方は、うそがつけません。

こんな風に、

身を捨てても悔いは無い、という生き方をしている人間に出会えたことは、

得難いことなのですね。

 

 

 

 

 

裏を見せ表を見せ

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裏を見せ  表を見せて散るもみぢ

 

 

良寛さんのこの句が大好きです。

日本のことばの表現ってすごいですよね。

これだけ短いことばなのに、表されていることの深さといったら!

 

やさしさとか温かさ、の深いところには、悲しみのようなしんとした静けさがあって、

相手を思いやる気持ちは、そんな深いところから泉のように湧いているように思います。

誰にでもその泉はあるのですが、

良寛さんのような人は、その泉が深くそしてこんこんと涌き上がっていたのかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良きことは美しきかな

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先日、70代半ばの男性が少し照れくさそうに教えて下さいました。

「 僕は、結婚したい人に出会ったんだ。

その人は30代で現実には結婚できないから、写真だけ一緒に撮ることにしたんだよ。

結婚は子どもを持つっていうことだからね。」

この男性は、40年くらい前に離婚してずっとおひとりでいらして、

「 恋はいろいろしたけどね。」「 この人と結婚したいって思ったんだ。」そうです。

 

う~ん、情熱あるなぁ。

 

喧嘩しても感情の嵐が通り過ぎれば、ほんとうは大の仲良し。

いろいろあって当たり前。

積み重ねた関係は、その辺には転がっていない、のです。

 

 

仲良きことは美しきかな。

 

笑顔でね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も起こっていない、という贈り物

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告白します。

食べてはいけないものを食べるのが好き。

そっちは危ないから行かないで、という方向に、つい、行ってしまいます。

ダメダメと言われると、本当にダメなのか? と確かめたくなる。

声、話し方、頭がワルイ、が弱点。

みじめさ、取り残されることに怖れが強い。

その怖れが強いことが、さまざまな場面で感情の嵐を呼ぶ(笑)。

実はドラマティックなドラマこそ大好き、でした。

裏切り、嘘、ごまかし、執着、自己中心的裁き、正義、背徳、献身、嫉妬、愛、誠実、信頼  …

などなど切りなく…

表面のワタシが穏やかさを求めれば求めるほど、

ドラマティックなストーリーを招くのです。

なぜなら、内面が外に表れるのだから。

ワタシの心が作った結果が、瞬時に外側に現れている。

驚愕!

エゴの世界。

 

 

通奏低音のようにずっと「この世界とは何か? わたしとは何か? 」 を知りたかった、

と書いたことがありますが、

すべての人、もの、こと、この世界に、通奏低音のように流れているのは、

 

平安。

 

平安なのです。

愛、ということばは、くすぐったいかもしれないけれど、愛、です。

怖れとは、愛を求めて叫んでいる姿。

 

でも、あるものは、愛だけです。

それ以外は、何も起こっていない。

 

 

何も起こってなどいない、という贈り物を、

受け取りました。

片時もそれを忘れない態度を、身につけていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真紅のきもち

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ほかの人から見たら、

そんなことがそれほど嬉しかったの・・?

と言われそうなフツウのことだけど、

本当に、嬉しかったし、シアワセだなぁと感じたのです。

それは、諦めずに続けてきたことへの、

ちょっとした贈り物だったのかもね。

 

泪が出そうに、本当にしあわせだったんだ。

 

 

 

 

 

Peace

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見ていると、そのひとから醸し出される空気と言うか雰囲気というか、

(それをエネルギーと言ったりもしますが)

現れているし、表わしていますね。

言葉を重ねてみても、表情を作ってみても、

本当はどんな感じなのか、わかります。

正直です。

 

ある写真に写っているお顔がとても平和でした。

いい写真だなぁ。

なんて穏やかでゆったりしていて幸せそうなんだろう。

そう思いました。

ひとことで言うと、

 

平和。

 

こんな風に、平和で、凪いでいるのですね。

ずっと見ていたいような、お守りにしたいようなお顔でした。

 

 

 

 

 

世界にどう向き合うか、ということ

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世界に向き合う時、どういう態度でいるかということ。

 

大袈裟な言い方ですが、

身近な人を観察していたら、なるほどそういうことかと思いました。

なんだかとても簡単なことなのに、なぜ気がつかなかったのかしら。

 

Action   ではなくて  Attitude

凪にゆったりと身をまかせましょう。

 

 

「あなたにできることは実践することだけです。練習ではなくて、練習などする必要はないのだと気づく日が早く来ることを祈ります。いいですか」と言って、一語一語を強調するために手をたたいた。「自分であることを練習する必要はありませんね。いつも自分なのですから」。彼は立ち上がると、その場で足踏みをはじめた。「わかりますか」と彼は訊いた。メアリーマーガレットの脚が上下に動くのを上から眺めながら、つづけて言った。「これが練習です。わたしは純粋な意識を練習しています。よいしょ、よいしょ。けれども、純粋な意識を感じる練習をしているとき、その意識からわたしは分離されているのでしょうか。練習をやめたら、純粋な意識は存在しなくなるのでしょうか。
純粋な意識はどこに行くのでしょうか。それはいまここにあります。あなたが忘れていようと覚えていようと、いつもここにあります」。彼はため息をつくと、また腰を下ろした。「また同じところに戻ってきたのがわかりますか。これが答えです。意識を感じる練習をしているのだとしたら、それは練習というものをしていることです。けれども純粋な意識というのはあらゆることをしているのですよ。意識に気づく練習をすることも意識の存在を忘れることも含めて、練習することも、忘れることも、練習しないで後ろめたく感じることも、意識を思い出す喜びも、純粋な意識はそれらのすべてをしているのです」
「その意識とわたしの意識との違いは何ですか」。頭が混乱したわたしは思わず叫んでしまった。「何の違いもありません」と彼は言って、わたしの目をジッと見た。「けれどもあなた自身、そのことを直接体験して知る必要があります。そのときまで、言葉の遊びにすぎません」

 

バーソロミューより

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたりの関係

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今日から始まった展覧会の陶芸家は、

奥様がいろいろお仕事のサポートをしていて、いつもだいたい一緒。

とても感じの良いご夫妻です。

 

よくお仕事をご一緒する写真家も、

奥様は別の分野のプロフェッショナルですが、

私が見たところ奥様は彼の最高のファンであり、最高の批評家かもしれません。

 

仲良しの画家は、ご主人が長い間ちょっとした心の病だったのですが、

その間ずっと彼女が細いからだをフル回転させて精神的にも物理的にも彼を支え、

今はずいぶん元気になって仲良く暮らしています。

 

私は若い若いある時期に、破綻したおとなの夫婦を次々と見てしまって(苦笑)、

夫婦って大変なんだなぁと思ったものですが、

人生後半になって、私の周りには素敵な関係の男女がたくさんになってきました。

その関係は言葉で表せないけれど、なんとも繊細な色の混じり合い、みたいな感じ。

 

趣味や興味があることが同じとか、好きなたべものが同じ(笑)とかより、

これだけはやってはダメとか、こういうことはNGだね、

ということが共通している方が一緒にいられる、そうです。

私には、何かたった一点だけ、この人のここだけは素晴らしい、と思えたら、

いろいろあっても、他のことはなんとかなるんじゃないかなと思ったりします。

それを見つけられるかどうかはその人次第だけれど。

 

何にしても、良いカップルだなと思わせてくれるおふたりに、ありがとう。

やっぱり、仲良しを見ているのは、ホントにいいものです。

 

 

 

 

 

 

しみじみこうべをたれる

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家人が風邪を引いてひと騒動。

タイムラグで、やはり私も風邪をもらってしまいました。

今は大きく体調を崩すわけにはいかない状況なので、

とにかく寝て、休んで、治す、ことにしました。

 

ぼんやりするアタマとスローモーションのような身体の中で、

思ったのです。

当たり前だと思っていることは本当はとてもありがたいことなんだ、って。

(耳にタコ!な話かもしれないけど。)

 

近いからこそ、このくらいは許されるだろうとか、大丈夫だろうって、

ちょっとごめんね~と勝手をしていたけれど、

何も言わずに、ずっとその状況を引き受けてくれていたんだな。

 

一番、身近にあること、目の前にいるその人が、最大最高の先生であり、

最もシンプルで明白なヴィジョンを映し出しているんですね。