歩く

yapparicoco

 

昨日の日曜日、私は散歩に出かけました。

昔からよく歩いているのですが、このところ諸事情により車で時間短縮をすることが多くて、

久しぶりの散歩でした。

 

歩くことって、からだにも頭の整理にもとてもいいですね。

そしていろいろな風景に出会って発見がたくさんあります。

お金のかからないちょっとした冒険です。

 

よく歩いたなぁ。

お仕事がなくて暇と時間がたくさんあった頃は、不安を紛らわすように歩きました。

寂しい時、ケンカして頭がいっぱいの時、ゾワゾワ落ち着かない時、歩きました。

歩くとスッキリしたのは、あたまを使わずに歩く身体の動きにただ従っていたからかな。

思いつきでとりあえず歩いてみようと行き当たりばったりで歩き続け、

意外な発見をして、結果、充実したシアワセの小さな旅のことも思い出します。

 

お遍路さんは歩いて歩いて無心になるのでしょうか。

アリストテレスもプラトンも歩きながら議論したり講義したらしい。

日本の哲学者、西田幾多郎だって歩いていた。

歩くと脳が活性化するそうだけれど、私はぽっかりと何かに委ねる感じもする。

人間には歩くことへの本能的な欲求でもあるんじゃないかしらん。

 

私は哲学はしませんでしたが、ズンズン歩いて歩いて歩いて、

ふくらはぎが今日はパンパンです。

お散歩、楽しや。

 

フラワーレメディ7月13日

ontheway

7月、プロトマニアでフラワーレメディ講座をいたします。

講師は、遠藤浩子さん。

 

フラワーレメディは、植物のパワーを借りて、心身のちょっとした不調のバランスを整える知恵。

赤ちゃんからお年寄り、ワンちゃんまで安全に使えるセルフケアです。

 

フラワーレメディって何? という初めての方にもわかりやすいように、最初にベーシックな理論を伺います。

その後、それぞれの気になるところや、ひっかかるところにそったアドバイスをいただいてレメディを選び、

マイボトルを作っていきます。

 

少人数でのワークショップは、ゆったりしているし先生にも質問がしやすくて、楽しいと思います。

初めての方も、ひとりで参加してみようかなと言う方も、どうぞお気軽にお申込みください。

講師の遠藤さんは、知識豊富で笑顔いっぱいの優しい先生ですよ~

プロトマニアの午後の光の中で、植物の優しくも強い生命力に触れてみましょう。

お待ちしています。

 

 

 

 

 

 

理性をもって真実を選択する

thinkingman

 

*****

今、この瞬間、何もせずにいてごらんなさい。何か考えが浮かぶかもしれません。放っておきなさい。

肩の力を抜いて浮かんで来る思考や感情の中に入り込み、あなたという存在の自然な在り方、自然な真実を、思考に優先させてごらんなさい。

こうして「止める」ことで、あなたは改めて、常にここに在るものの真実の姿、あなたの本当の姿に気づくことができます。

さあ、今この瞬間に、あなたの理性をもって、その真実を選択しなさい。あなたの理性をその真実に結びつけるのです。

そうすれば、どんな問題が起きたとしても、真実と結びついた理性で立ち向かうことができます。

そしてその真実は、思考が停止する度に再確認されるのです。

「止める」というのは訓練ではありません。それは単に、尽きることがないように思われる思考の流れの中に、

思考を追いかけないという選択肢があることに気づく機会です。

思考を追いかけないことで理性は停止し、ここに存在するもの、じっと沈黙し、常に止まっているもの、それが姿を現します。

常にここに在る静寂に気づいた瞬間、あなたはあなたの本当の顔を見つけ、神の存在に気づきます。真実に目覚めるのです。

するとあなたは、肉体の痛み、感情的な動揺、精神的混乱といった人生の試練に、これまで以上の明瞭さと見識をもって対処することができます。

こうした状況と自分自身を混同することがないからです。

 

ポケットの中のダイヤモンド  ガンガジ著 より

 

 

hanka

今朝は、世田谷区上野毛にある五島美術館へ行きました。

6000坪の敷地があるそうですが、お庭がとてもすばらしくて気持ちよかった。

多摩川のほど近く、ちょうど国分寺崖線の上に美術館があるので崖の下へと続く森の中。

午前中の木漏れ日は、葉にも草陰の仏像にもきれいな光を落としていました。

森のあちらこちらに半跏思惟像があって、どれも表情が素朴で優しかったのが印象的でした。

 

森の中にはたくさんの種類の植物があって、空気が濃い感じがします。

自然の中にいるとからだの奥からゆったりして来ます。

ぎゅっと握りしめていた指がポロポロと無理なく開いていきます。

 

ヨガでするシャバーサナというポーズは、全身の力を抜いて大地に身を委ねます。

ちょっと見るとただ寝転がっているだけ。

シャバーサナは屍のポーズと言う意味。

屍になったからだは、抵抗もなく重さもなくからっぽ。

心地よいことすら忘れてしまう。

 

森の中の朝の静けさは、このシャバーサナのようにゆったりと私を受け止めていてくれました。

自然に深謝。

 

 

 

 

 

 

リトルミイ

 

littleMie

 

”  何とかなる。それは、やることをちゃんとやっている人のセリフ  ”

 

“ あなたね、決断力がないんじゃなくて、決断する方法を知らないだけよ。

あのね、いい方を選ぶんじゃなくてあなたが思う方を選ぶのよ。

最初はいろいろ失敗するわよ。あなたバカなんだから。でもそのうち自然にいい方を選ぶようになっていくわよ。

最初からうまくやろうなんて自惚れてるんじゃないわよ。”

 

読んで思わず吹き出しちゃったけど、ヒャー! ムーミン谷のリトルミイは、ずばり言うことが鋭いですね。

痛快~

私もホントはバカなのに、賢く見せよう賢く見せようとして、肝心なところがスカスカだったかも。

ウロチョロしないでじっとしていなさ~い!

 

も一つオマケ。

 

“ 時々誰かに言われた言葉がチクって刺さって、イラってするときあるじゃない。

それはね、本当のこといわれているからよ。 ”

 

降参です。

 

 

 

 

Surrender to God

 

roseroserose

 

Between two clouds, there is an interval and that interval is the blue sky !

Slow down the thoughts and look into the intervals.

Yes !  Look into the interval and pay more attention to the interval than the cloud !

First thought has left, other is not arisen, That is Freedom, That is Consciousness,

That is your own place, your own abode. You are always there, you see.

That’s all the teaching is.  Always look to Consciousness.

Always look to Consciousness and know this Awareness is what  you are !

This is your own place, your own abode.

Stay Here. No one can touch you. Who can enter Here where you are ?   Even your mind cannot enter.

 

 

This Awareness has no name and when you try to give it a name the trouble arises.

You are nameless and formless; you can’t see anything.

Know ” I am nameless and formless, ”  and that  ” I am aware of my own Self. “

The pure Consciousness will pull you back, it is not that you will enter into it.

When you enter into it, it is ego entering, but when It pulls you It has made the choice to take you Home.

This happens somehow and we can’t know why.

Very rare beings are picked up by Consciousness,

Once drawn in your travels are over !

 

Surrender to God , keep Quiet and That will take care of your responsibilities.

But if you take responsibilities on your own head, God doesn’t take care and it will seem that  he is hiding.

 

 

 

THIS  …. Sri H. W. L. POONJA

 

 

 

 

 

 

 

 

知と自由の中尾流

citronron

昨日の日曜日は、中尾陽一さんの「これまで誰も教えてくれなかった—絵画鑑賞入門講座」でした。

これで4回目のこのレクチャーは、毎回常連の方もいらっしゃるし、初参加の方もいらっしゃいます。

新旧入り乱れてのアートレクチャー!

美術のことは何も知らない!と言いながら参加して下さった方も、帰りには、面白かった〜とニコニコ、

そこが中尾流!

 

昨日は、ポスト印象派、つまり印象派の後の画家たちについてのレクチャーが始まりました。

モネ、ルノワール、ピサロなどに続いて、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン登場。

それまでの、見たままの自然の姿、戸外の光、太陽の光を描く印象派から、

ぐっと絵を自分に引きつけて自分は世界をこう観る!みたいな後期印象派へ。

 

モネは、晩年には目に見えるもののエッセンスを描くような、

自分が観た印象を絵に置き換えるような精神世界を描いていました。

同じように自分が観たものでも、後期印象派のセザンヌは観たままより、より分析的。

その空間にあるものを私はこう分析しました、というような描き方なんですね。

sezanne

セザンヌは、より理知的なのかな?

ゴーギャンは色が印象的ですね。赤や黄色などの色面で絵を作っていきます。

そしてゴッホ。

私はある時期から、ゴッホが大好きになりました。

ゴッホの目には見えている世界、私には強烈に魅力的で共感しちゃうんです。

自分がゴッホを好きになるなんて、若い時には思ってもいなかったけれど、

音楽ならベートーベン、絵はゴッホと、ドドーンと真ん中を行っている私の好みです。

 

中尾さんのレクチャーには、知的なお話の他に最後に番外編があるのですが、

これがすごく面白いのですよ。

日本の近代絵画の中から一点を選んで、スライドを見ながら皆で意見を言います。

好きとか嫌いとか、これは絶対、家に飾りたくないとか(笑)、言いたい放題。

みんなが観て気になっているポイントが違うし、受け取る印象もさまざま、中尾さんの意見とも違う。

それでもへっちゃらで言いたい放題。

これでいいのだ! という感じです。

 

絵の見方は、コレが正解なんてものはないかもしれませんし、好き嫌いで観るのでも良いのです。

でも、ちょっと知識があるともっと面白いんです。

一つの絵にはエピソードがいろいろあるし、時代背景やその画家と仲間の関係を知っているだけでも見方がいろいろになります。

ちょこっと知的で、あとはのびのび、が中尾流だと思います。

知識は感性の支えにもなります。

 

 

次回は7月20日(日)の午後2時から。

詳細はレクチャーのコーナーでご覧くださいね!