本当はどっち?

printempsprimavera

私はチョコレートと珈琲と甘い卵焼きを作ることが大好きなのですが、

占いで言われたことがあって、食べることに関するお星さまがついているんですって。

 

人は先のことがわからないから占いを読んだり、納得したいから昔からの統計学的なものを参考にしているようでいて、

実は、自分の考えに合う情報をたくさんの中からよって探しているような気がします。

それは「確証バイアス」という脳のクセみたいなものが働くから、なんですって。

「自分の仮説や信念」に一致する例を重要視する傾向があるのだそうです。

都合の良いことしか見えず、一致すれば「ほら、やっぱりね」と確信を深めるし、

一致しなければ「そういうこともあるかもね」と軽く無視するんだそうです。

脳は自分に都合良く働くんですね。

池谷裕二さんの「自分では気づかないココロの盲点」というドリル形式の本に脳のそんなことがいろいろ書いてあります。

読む程に、うーん、確かにそうかもと自分の滑稽さにちょっぴり苦笑。

 

私たちの五感だって、この脳のなせるワザ。

網膜という二次元に映し出された像を三次元に見立てているのも脳だし、

触ると確かにそこある物体も触覚という脳の働きがそう思わせている。

私たちが翻弄される思考や感情も、吹き抜ける風のようなもの、といいます。

あれこれとその内容に目をやらなければ、確かにやって来ては去って行くただの「動き」です。

そう思ってあらためて見ると、ちょっと笑っちゃいますね。

脳は何でも作っちゃうんですね。

脳が作った世界なのにそこにいると思っているワタシタチ。

 

ラマナ・マハルシのことばは、私には容易にはわからなかったのですが、最近好きなところをひとつ。

質問者: 沈黙とは何でしょう?

マハルシ: 沈黙とは口を閉じることではありません。それは絶え間ない語りかけなのです。

質問者: 私にはわかりません。

マハルシ: 話すことと想念を超越した状態が沈黙です。

質問者: どうやってそれに到達するのでしょうか?

マハルシ: ある観念をしっかりととらえ、それが現れ出た源へと跡をたどりなさい。そのような集中は沈黙をもたらします。
修練が自然になったとき、それは最終的に静寂に帰するでしょう。心の活動のない瞑想、それが沈黙です。
心を征服することが瞑想です。深い瞑想は永遠の語りかけなのです。

質問者: もし沈黙の誓いを立てていたら、どうして世俗の仕事ができるでしょう?

マハルシ: 水がめを頭の上にのせて歩く女性たちは、仲間とおしゃべりしている間も非常に注意深くしています。
彼女たちの想いは頭にのせた水がめに集中しているのです。
同様に、賢者が活動に従事するとき、仕事が彼の妨げになることはありません。
彼の心は絶対的なるものの内にとどまっているからです。

 

ラマナ・マハルシとの対話 より抜粋

 

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