青空意識

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昨日は有楽町の東京国際フォーラムで開かれていたアートフェア東京2014へ行って来ました。

一応、私の本業はそっちなので、押さえておかなきゃいけないけど…   と思っていたところへ先輩からお誘いが来て、

後ずさりする重たいオシリを上げました。

 

参加画廊や関係者は、近代絵画や現代美術から工芸までさまざま。

各地のギャラリーがイチオシする作品作家を、一挙に見て買えるのがアートフェアです。

でも私、あまりワクワクしなかったことに帰り道しみじみ。

長い間私は、本当に知りたいことをアートを通して見つけようとしていたからかな。

今はその道すじが別にあるので、イマドキの作品やアートフェアには特に興味がわかないのですね。

アートが好きであることには変わりないけれど。

それはともかく、会場は盛況。作品完売のブースもあって、美術がこんなにもオープンになっていることは素晴らしいです。

 

さて、本当の私は何者か?どこにあるのか? と問を立てて、それに向かうワタシ。

ある人が究極のそれを、切に求めている、としても、それほど求めていやしないわ、としても、

ひとまず、「 どこに私があるか? 」を知ることは、この世の「わたし」を生きる上でとてもいい。

どういいかというと、それを知ったらドラマのような人生がスタートするわけではなくて、

ふと気が付くと、前より穏やかになっていたり、執着心が和らいで気が楽になっていたり、

想定外の出来事にやすやすとパニックを起こさなくなっていたり、妄想で自分をいじめることがなくなっていたり(笑)、

というような、想像していたよりはささやなことかもしれません。

自分がずっと抱えてきた問題や繰り返す失敗パターン、なぜ自分だけこうなの?とかもっと良くなりたいのになと、

心理学や啓発ワークからいろいろなアプローチを試して、ひとつひとつの出来事の解決にエネルギーを使うよりも、

実はシンプルな方法が、「 私とは、本当は何か? 」と問うことかもしれませんよ。

 

問い自体は、浮世離れしたように聞こえるかもしれませんが、

意識の位置を変えるために思考を減らすことは、考えるのを止めてしまうことではないし、

感情の大波に乗らないことは、無感覚無感動になることでもありません。

人生がなんだか無味乾燥になっちゃう? いえいえ、それは大いなる誤解。

 

本当の自分とはどこにあるのかを知って意識の位置を今あるところから大きくシフトさせたとしても、

青空禅の伊東先生がおっしゃっているように、

 

思考を使う時は使い、

感情を感じる時は感じ、

身体の感覚に任せる時はゆったりと委ねる

バランスよく思考、感情、身体を使うこと

 

まずは人間としてすべてを味わい大いに豊かに生きることに、何ら変わりはないのですね。

 

本当は一本のリボンのように美しくまっすぐでシンプルなのに、

アチコチに結び目を作ってしまっているだけだから、それを一つずつほぐしていけばいいのだろうと思います。

高齢化社会や不安定な世界の中で、若い方にも人生経験を積んだ方にも、

自分の立ち方を考えるヒントとして、青空禅的視点を多くの方に知っていただきたいと感じています。

 

 

 

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