断片

one morning

ありがたいことに、私にはとても良いタイミングで good news を運んでくれる貴重な存在がいます。

それはそれはみごとなタイミングなのですが、本人に全く何の意図も糸もありません。

きっと世界の本来は、こうしてスイスイと流れるように出来ていて実際流れているんじゃないかと思います。

なのに私たちが余計な我を張るから混線するのかも。

 

さて、その青い鳥のようなひとが運んでくれたことば。

小説家の保坂和志さんがある雑誌に書いているものから抜粋。

 

… でも小説は本来ヒマつぶしのためのものではないんです。 では何のためにあるのかと言えば、社会化される以前の個人の内面という領域を守りかつ醸成するためにある。 それは心に去来するものを誰にでもすぐに伝わるように言葉にするのではなく、心に去来したままの姿で心に残しておくことを身につけると言い換えてもいい。 あるいは、原因→結果、過程→結論というのを次々につないでいく一本道から離脱して、結論を保留しつつ複数の仮定を保存するためとも言える。

 

科学は本来、希望や夢を実現するためにあるものではないんです。 風が吹き、木の葉がそよいで、海に波が立っているのを、ただあるがままに正確に見ようというのが科学で、科学って、ただそれだけなんですよ。

 

…要するに思考、言葉を使った思考の問題なんです。時間が過去から未来に向かって流れているように信じられているのは、逆方向に流れるように考えられないように言葉ができているということなんです。
つまり、時間が明日から昨日に流れるような、自分が経験しない世界を語る言葉を開拓してこなかった。 そういう思考の様態を可能性として出すのが本当の科学であって、星空を見て人生を思うなんて科学者は言ってはいけない(笑)。 だって科学に夢、希望を託して原爆が出来てしまったんだから。  「星は、ある」でいいんですよ。

 

抜粋することは、危険でもあるのですが敢て抜粋。

科学者は芸術家であり真理を求める者。

 

 

 

 

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