メランコリック・ジャパン or メディテーション・ジャパン

日本における少子高齢化の問題は、以前から話題にはなっていますが、

着実にそれは現実になってきていることを実感しています。

僕の実家のある横浜は、日本の中では大都市の一つですが、

かつては若い家族で賑わっていた巨大団地の街も、

今や独居老人の世帯がかなり増えていて、

商店街もほとんど人影もありません。

 

アベノミクスで、景気の回復が期待されていますが、

いつまで持つことでしょうか?少子化の影響で、

2020年には日本の全都道府県で人口減少になり、

2040年には人口の3割以上が65歳以上の高齢化社会になるのです。

この傾向は今後さらに悪化していきます。

私達日本人は、まさにこのような現実の中で今後生きて行く訳です。

栄枯盛衰、国滅びて山河あり。日出る国から日沈む国へ・・・

しかし、このことそのものは自然の理であり、

変化して止まない現象世界では、当たり前のことです。

人も国も老いて行くのですから。

 

 

大事なことは、

老いを憂えてくい止めようとすることではなく、

いかに老いるか?だと思うのです。

人が成長し、成熟し、そして老いて行く時、

まさにこの老いから死に向かう時期、

人は大きく二つに分かれます。

人生の外面ばかりに執着しそれに価値を見出している者は、

どんどんメランコリックになり、後悔や不平不満ばかりになって行きます。

かたや人生のあらゆる体験を通して内面が成熟し、

現象に左右されない平安を見出した者は、

存在そのものが静寂のメディテーションになって行きます。

国も同様だと思います。

 

 

日本の文化や和歌・俳句に、

雅(みやび)から成熟して侘び寂(わびさび)へ至る流れがありますが、

さらに極まると「かるみ」に達するとあります。

このかるみは、一見、元の木阿弥なのですが、

実は元にあらず!

深いですね。

わびさび程度のモノや人は、それなりには在ったり、いたりはしますが、

かるみに達したモノや人はめったにお目にかかれません。

 

我々自身も、そしてこの国も、

雅から侘び寂へ、さらには「かるみ」へと、

粋な人間、そして粋な国になって行きたいものです。

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中